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田口尚平を褒める

田口尚平を褒める点はほとんどない。


改めて田口尚平について紹介しておこう。彼は元テレビ東京のアナウンサーであり、ある時からゲームのキャスターの世界にやってきた。ゲームの実況解説や司会など、シーンの最前線で活躍し続ける人間の一人であり、その情熱的な実況は多くの人間を魅了している。例えばこれは『スプラトゥーン』になじみのない僕が見ても心が動いた鳴きである。

油断しているとサロメ嬢の3Dお披露目にも表れて見事にロールを演じ切るし、

あるいはゲーム内の描写を引用して実況を盛り上げる。

何を隠そう、今は亡き『ドラゴンクエストライバルズ』の時代に、解説として横に座っていたのが僕だった。

こうした渾身の実況を聞くと田口尚平に騙されそうになるのだが、彼の本質は浅い。あらゆる場所でゲームについて「わかっている感」や「ゲームをやっている感」を出すのが上手いが、実際に対戦ゲームをやらせてみると彼のゲームに対するその浅薄さを実感することができる。

例えば彼がゲストで呼ばれた公式生放送では、彼のプレイが弱いだけにも関わらず「初心者イビって楽しいかよ!スクエニがよお!」と叫び、

例えば謎のイベントフカした挙句に僕を対戦を挑んだ時には、運要素が絡みまくるルールにおいてすら5-0で処理されている。

ただ自分が弱いだけなのだが、負けるとカードを投げる

ゲーマーぶる割には実態が全く追い付いていないというのが、田口尚平の実情である。

見え隠れする所作から、わかる人には彼の浅薄さははっきりと認識されていると思うのだが、未だに「田口尚平のゲーム愛営業」に騙されている人間は多い。彼は一種の詐欺師である。5年後くらいには、DMでiTunesカードのコードを要求してくる可能性があるので、どうか気を付けてほしい。


リサーチとコミュニケーション

頑張って褒めようと思ったら気づけば悪口が無限に続いてしまったことを反省して、ここからはちゃんと田口尚平を評価しよう。彼もまた努力の男である。彼は実況席に立つとき、必ず紙にびっしりと文字が詰まったメモを手にしている。彼が本番前の控室にいる時、それは必ず本番に向けた資料作りを行っている。

彼は何が人の心を動かすかについて、誰よりもよく理解している。何が人の心を動かし、何かが起きた時、自分がどうあり、どう伝えれば人の心が動き、激情を呼ぶかをよく理解している。自分が求められている役割をしっかりと理解していて、人々の感情を生み出すためには努力を惜しまない。いい試合をよく演出するというのは選手にとっても嬉しいことだろうから、その点は素直に賞賛できる。

必要であれば、机の下の僕をおもいきり叩いて合図を出し、僕を動かしてでも激情を作り出す。この点に敏感なゲーム系キャスターとしては、彼の右に出るものはいないと思う。

感動を実現するために、田口尚平はコミュニケーションを欠かさない。ある時から彼が『ドラゴンクエストライバルズ』の実況席に入ることになったとき、リハーサル終わりに初対面の彼が今までのキャスター陣に放った一言は「今から飲みに行きませんか?」だった。

本番前の前日としては決して褒められない行為を勧めることがコンプライアンス的にどうかはさておき、彼はそこでコミュニティの温度感を肌で理解することに徹していた。

それは一見ふざけているようで、それが決して欠かせぬ必要な儀式であることを彼はよく理解している。彼は真摯に、この現場では何が重要なのかを良く理解し、見極めることに労力を惜しまない。こんな昭和のやり方は今では批判の対象なのかもしれないが、こんな昭和のやり方でしかでしか発生しえない情熱が、世の中にはあることを彼は知っている。

例えば急遽『ポケモンユナイト』で実況を任されることになった時にも、ロンドンのホテルの僕の部屋に、ビール片手に押し入って「で、今のユナイトってどうなのよ」と聞いてくる。そのジャンルならではの大変さや必要な技量、よくある悩みを聞いて、すぐに理解する。これこそが彼の真髄であって、コミュニティや現場としっかりコミュニケーションすることを怠らないからこそ、人々に愛される一因になっているのではないか。

当たり前のように思うかもしれないが、こうした準備を欠かさずにする人はそう多くない。アナウンサーの技量があれば、情熱がなくとも綺麗な実況にはなるからである。特に、引く手数多の人気キャスターならなおのことである。いろんな現場に顔を出すということは、一つのゲームをする時間が失われるということで、コミュニティから離れてしまうことに他ならない。しかし彼はそれでも精いっぱい、人々の情熱を引き起こすために、自分にできることを愚直にやり続けているように見える。

逃げないこと

それを象徴するエピソードの一つが去年にあった。ポケモンの世界大会であるWCS、ハワイの地にて行き場を失ったキャスター達がやたらとホテルの僕の部屋に集合していたのだが、誰が言い出したか「来月のポケモンSVのランクマッチ順位を競いあおう、最下位には……」と言い出す一幕があった。

その場にいたのは生粋のゲーマー上がりである『ポケモンユナイト』のキャスター陣と、SV解説の白州さん、そして田口尚平だった。はっきりいって田口尚平が名乗りを上げると誰もが"最下位にならないことに安心する"状況だったし、彼のスケジュールを考えれば誰もがやらないであろうと思っていたのだが、彼は覚悟の決まった目で「俺もやる」と言い出したのである。こんな茶番は彼の自己プロモーションにおいてはなんの数字にもならないうえ、それでいて大量の時間を要するランクマッチレースを、家庭を支え、子供を育てながら、彼はやるという。彼が計算高い人間であることは疑いようがないのだが、一方でこうした情熱に基づいた気合を見せるときがある。

正直にいって「終わった」と僕は思った。このメンバーの中に、万が一つにも田口尚平よりポケモンSVのランクマッチで順位を下回る奴はいない。彼は虚勢を張るが、このメンバーにおいてはゲームの実力が足りていないことを僕ははっきりと知っている。何より本人が一番わかっていただろう。だからなぜ彼がなあなあにできることも可能な状況で「やる」といったのか、最初は理解ができなかった。勝てない戦いを挑むようでは、孫子が兵法を書いた意味がない。

しかし、その結果の蓋を開けてみればどうか。

結果的に、彼は最下位ではなかった。田口尚平は戦いきったのである。

確かに、ダブルバトルの1184位というのは、見る人にとってはあまり意味を感じられない順位かもしれない。命を賭して、人生をかけてゲームに触れている人間からすれば、やりこんだとは到底言えない唾棄すべき順位かもしれない。でも僕にとっては、それは十二分にすごい順位だった。彼は戦いから逃げなかったし、激務に追われ、風邪をひき、子供を育てながら、ランクマッチを走り切って、結果を残した。

参考:ちょもすのゲームへの愛情

そのことだけは、僕も認めざるを得なかった。彼は人生をゲームに賭けていないかもしれないし、ゲームを遊ばずとも順風満帆な人生を送れただろうし、ゲームの技量は決して高くないかもしれない。しかしただ確かな情熱を持って、ゲームには向き合っている。

少なくとも、彼は逃げない。歴戦のゲーマーに囲まれ、自分が恥をかく可能性が高いとわかっていて、それが負け戦であっても、ゲームで挑戦を挑まれたら逃げない。そんなところに彼の美学の一端を感じることができる。

彼は対戦ゲーマーのやっかいなカルチャーとその性質を完全に乗りこなせてはいないかもしれないし、完璧な人間ではないのかもしれない。しかし少なくとも、彼はその現実から逃げてはいないように見える。齢30を超え、引く手数多の人気キャスターであったとしても、彼は不器用に、対戦ゲームとずっと向き合い続けている。


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