無職33歳男性が、三か月間eスポーツでオリンピックを目指してみた結果
3月の頭に雑談配信をしていたとき、eスポーツオリンピックシリーズについて知らされたのがきっかけだった。
当時誰も注目してなかった『Tic-tac-bow』が熱いことを発見し、記事にしたのが3月3日。それから二か月近くあった「本当に開催されるのか怪しい疑念期」、「予選が行われることはわかったが予選のルールが当日までわからない不安期」、「アーチェリーにおいて特定のセット手順を発見しなければ勝ち残れない予選期」を経て、先週末にオリンピックの二次予選を迎えた。気になる人はnoteの過去記事を読むと仔細が書いてあるので、読んでみてもいいかもしれない。
二次予選は一次予選を抜けた32人によるダブルエリミネーション方式。「二回負けたら敗退」のトーナメントだ。上位6人が来月シンガポールで開かれるオリンピック大会に出ることができる。参加に自己紹介のビデオメッセージが必須であると明かされたのは大会の4日前のことで、こうした内容を送信すべし、と送られてきた。
4日前にビデオメッセージを送れというのもなかなかの要求値なうえに、「6. 視聴者が興味を持ちそうな、あなた自身の楽しい事実を教えてください。」と来たのがいかにも海外の大会っぽいなと思った。日本の文化のそれとは大きく違う。共有されたGoogleドライブに上げる形式だったので他の選手のビデオメッセージを見ることができたのだけれど、海外の人達はノリノリでリアルボウを撃ってたりしてなんとも陽気だなと思った。
日本語を翻訳できる人は現地のスタッフには絶対にいないと確信できていたけれど、どうせ英語では喋れないので日本語で「日本はビデオゲームが盛んであり、『Tic-Tac-bow』も大人気のゲームです」と言って送った。後から問い合わせた他の人が英語で送ったほうがいいらしいことを教えてくれたけれど、僕は日本を愛する母国語話者なのだと自分に言い聞かせて無視した。
二次予選中、この動画が使われることは一切なかった。
二次予選
いざ開かれた予選はどうだったかというと、一回戦で当たった相手がべらぼうに強い『Tic-tac-bow』マシーンのような男だった。稀有な『Tic-tac-bow』プレイヤーを見つけ、バグだらけのルームマッチをしない限りは無機質なAIとしか対戦できない虚無のゲームにおいて、ここまでの精度を鍛え上げているプレイヤーがいることに驚嘆した。いやいや、僕だってこの三か月間で相応の時間を『Tic-tac-bow』につぎ込んでいたし、並みのプレイヤーには全く負けない自信があった。それでも一回戦の相手であるSpring氏は圧倒的に強かった。
何を隠そう氏は対人戦とは違うルールで、AIと戦うことしかできない虚無のゲームモードのやり込みランキングで一桁代にいる人間であり、何か執念めいたものすら感じた。敗北。対戦後に英語で何か言われたけど、聞き取れたのは「TRASH」の単語一つだけだった。あるいは、英語ができなくてよかったかもしれない。
……とはいえ、僕はここからでも上位6人に入れると正直思っていた。それだけ『Tic-tac-Bow』をやってきたし、自信があったからだ。ルーザーズ一回戦の相手は実際に僕の方がアベレージが高かったし、順当に勝利かと思いきや、事件はBO3の三試合目に起こった。
弓が、打てない。
正確に言うと、「僕の意思とは関係なく、矢が勝手に発射される」。
改めて確認しておこう。僕が今やっている『Tic-Tac-Bow』というのはアーチェリーのゲームだ。正確に狙いすまして的を狙い、的に矢を当てるゲーム。そのゲームにおいて、「僕の意思とは関係なく、矢が勝手に発射される」現象が起きた。リアルなアーチェリーに例えるなら、競技会場に子供が突如現れて、僕の弓から勝手に矢を発射してしまう、そんな感じだろうか。
当然勝てない。矢が自分の意思とは違うところに飛ぶのだから。的にすら飛ばせない。矢はむなしく地面にポトッと落ちる。さすがにこれは納得がいかなかったので、運営に抗議した。矢が打てないのだ、と。
前提を少し話そう。『Tic-Tac-Bow』はお世辞にも完成されたゲームではなかった。ランキング一位にチーターが現れて長い期間一位に君臨し続けることもあったし、運営から送られてくるゲーム内ボックスにチーターからジェムが送られてきたこともある。知り合いとルームマッチで対人戦をしていると相手のターンを飛ばして自分のターンを二連続でプレイできる不具合(通称:タイムウォーク)にも何度か遭遇したし、予選期間中は前の日のスコアを翌日に持ち越して一日あたりの獲得点数を大幅に水増しできる裏技もあった。だから別に、何が起きてもおかしくないゲームなのだ。
運営もそれを理解していたのか、再試合が認められることになった。そうでなくては困る。僕は三か月間このゲームにリソースを割いてきたわけで、その結末が「矢が勝手に打たれて負け」ではいくらなんでもひどい。
再試合したところ、また3打目で僕の矢が勝手に発射された。地面にむなしく落ちる矢。この射撃は僕の意思ではない。再抗議。抗議が認められる。再試合。
再再試合。またしても試合中盤で僕の矢が勝手に発射される。抗議。再試合。
再再再試合。僕が99%勝ちの状況でまた弓が勝手に発射される。この時にはボイスチャットに運営の人間が常在していた状態だったので、思わずミュートを解除して「I CAN NOT SHOOOOOOOOOOOOT」とキレ気味に言った。
審議の結果、バグが起こる前の状況があまりにも勝ち確定だったので、僕の勝利と判定された。対戦相手は再試合を要求し、僕が受ければ再試合になるようだったけれど、疲労困憊していた僕は要求をつっぱねた。無事勝利したものの、この試合の疲労感は途方もなかった。
僕の試合によってトーナメントが押していたので、すぐに次の対戦になった。対戦相手のecoo氏は気さくで聞き取りやすい英語を使ってくれる人で、僕が部屋に入るなり『What happened?』と優しく聞いてきた。英語を喋れないと思ってた自分が、第一声で自然と「I'm so tired.」と言ったことに、自分でびっくりした。ecoo氏も笑っていた。
ecoo氏とのゲームの内容はハイレベルだった。BO3を通して110点満点中105以下の数字がほとんど出ないことが、試合のレベルの高さを物語っていたと思う。最後に僕の107が108で上書きされたとき、悔しさよりも納得が先に来ていた。これで負けるなら仕方がない。ecoo氏もこの苦しいゲームをやりこんできたのだ。正直に言えば、何度か対戦したら僕が勝つこともあったと思う。それでも、僕は負けたし、ecoo氏は上手かった。それが勝負だ。
敗退後
僕が負けたとき、僕の『Tic-Tac-Bow』攻略に巻き込んだ、言ってしまえば犠牲者の三人、mekasueさん、名無しちゃん、象先輩は生き残っていた。悔しい気持ちもあったけれど、その場にいる全員がお世辞にもあまり面白くはない『Tic-Tac-bow』をやるために他のゲームの時間を削っていたことを僕は知っていたので、「頑張ってください。おれはスト6やります」と言った。
紆余曲折を経て、最終的には象先輩がシンガポール行きを決めた。正しくオリンピアンである。僕の目標としては調整チーム4人の中から1人はシンガポールに送りこみたいという気持ちがあったので、その目的は達成できたことが嬉しい。象先輩は最後まで予選に出場するかどうか迷っていたので、今回一人でシンガポール行きになってしまったことに困惑していた。
もちろん誰も一緒に行くことはない。
余談
実は、調整チームの4人以外にも、予選を抜けた32人の中に日本人プレイヤーがいた。AmalgamさんとEvolgishさんだ。
Amalgamさんは『Tic-Tac-Bow』への呪詛を吐き散らす配信をしていたのと、知り合いの知り合いだったので認識していたのだけれど、Evolgishさんは謎に包まれていた。大会登録周りのやりとりに困っていたところをDMで助けを求められたので日本人であることは認識していたものの、それ以外は謎のプレイヤーだった。
Evolgishさんの一回戦の相手がmekasueさんだったので、日本人同士ということで話をしたらしい。その話の内容をまとめるとこうだ。
今16歳であること(!)。ちょもすのブログを見てオリンピックを目指したこと。Abema FRESH!杯のタイミングでちょもすを知ったこと。当時10歳にも関わらず何故知っているのか聞くと、クラスの中でおもしろ事件として"ちょもすが流行っていた"こと。
びっくりしてしまった。あの事件以来僕にもいろいろあったけれど、まさか小学生のクラスで「ちょもす」が流行っていることを想像もしなかった。インターネットは今すぐ破壊されるべきだと思った。
僕が小学生の頃にインターネットの「面白FLASH動画」を見て、いかがわしいドラえもんの動画を見て同級生と笑っていたことを思い出す。しかし僕は気づかぬうちに、「面白FLASH動画」そのものになっていたのだ。
予選一日目が終わったタイミング、すなわち深夜の二時に、AmalgamさんとEvolgishさんをDiscordサーバーに呼んだ。予選も終わったし、良かったら話をしませんかと。
通話は多いに盛り上がった。『Tic-Tac-Bow』には他人に愚痴りたくなるような出来事が多かったし、事件が多かった。僕は、ゲーマー同士が仲良くなるにはゲームを通して長時間同じ苦しみを共有することが必要である――という「決戦!星の古戦場」理論を唱えたけれど、オリンピックを目指した『Tic-Tac-Bow』への取り組みは、正しく「決戦!星の古戦場」だったと思う。
僕は二言目にはEvolgish君をクソガキ扱いしていたし、Evolgish君も僕のことをバカにしていた。なんというか――"こっち側"の人間だとすぐに直感した。ありとあらゆる世の中のすべてをバカにしている感じが、今まで僕が見てきた歴戦のゲーマー達にそっくりだった。一言で言えば「終わってる」。将来が期待できる子だと思った。
そして何より、僕は嬉しかった。ゲームの世界は年を追うごとにどんどん正常化されてキレイになっていって、皆が人の多いゲームに一極集中して、言動にも気を使い、そうではない人は淘汰される。自分の歴史に刻まれている、完成度の低いゲームやそれに熱狂する人間達の粗暴な行いは無価値で、消えていくのだと思っていた。
しかし、僕の狂人的なブログを読んでオリンピックを目指して、途方もなく完成度の低いゲームを僕以上にやりこんだ16歳がいた。そのことに胸が熱くなった。遺伝子が、ゲーマーとしての在り方が、世代を超えて引き継がれていることを、この目で見てしまった。
オリンピックを目指して良かったし、noteを書いていてよかった。そう胸を張って言えるのは、何よりEvolgish君のおかげだと思う。ありがとう。そしてこれからもきっと何かのゲームで必ず僕たちは出会うと思う。その時は笑顔でクソの塊をぶつけにいくと思うから、その時はどうかよろしく。
以上。願わくば4年後にお会いしましょう。
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