ナンと笑顔とおばあちゃん
今晩は「#元気をもらったあの食事」をテーマに、私がおばあちゃんに大切なことを教わった夕食の思い出を書こうと思います。
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私が大学1年生の時のお話です。
よく学生時代の山岳部の話をしてくれるいつも元気なおばあちゃんが、
最近元気がないようだと母から相談がありました。
おばあちゃんは、二年前に手術を受けて少し視界が悪くなってから、趣味の塗り絵や外出があまり楽しめなくなっていました。
それに伴いなんとなく口数も減っている傾向にあり、母に涙声の電話がかかってくることが増えていたので、一度病院で診てもらうと、
重度ではなかったものの、少しうつ病の症状が見られるとのことでした。
そこで、
おばあちゃんはしばらく私たち家族の家で一緒に暮らすことになったのでした。
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私は、ユーモラスな人柄でどことなく波長の合うおばあちゃんが、小さい頃から大好きです。
お料理もお菓子づくりも、お裁縫も塗り絵も何でも器用で、色々なことを知っているおばあちゃんは、自慢の祖母でした。
そんなおばあちゃんが、元気がない。
しかも、毎日一緒に暮らしてみると、思っている以上に落ち込んでいました。
すぐそこまで行くだけのお買い物も、自分が使ったものの片づけも、ちょっとしたことさえ面倒に感じてしまうようです。
あれほど大好きだったお料理も、平日の昼間家族皆んなが出かけてしまうと、一人では作る気も食べる気も起きないと言って、食べないこともあるようで心配でした。
母も私も、なるべく外出に誘ったり、家事はそんなに手伝わなくても大丈夫だから好きなことをして過ごすようにと勧めたりするのですが、
「億劫なの……」
「何をやっても楽しくないのよ……」
という返答が続くばかりでした。
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そんなある日のことです。
週末、家族皆んなでお昼ごはんを食べながら、
カレーの話になりました。
カレーが大好きな父を中心に、おいしいお店や二日目のカレーがおいしいのはなぜかという話に花を咲かせていると、
最近ナン食べてないね、という話題に。
ーーそういえば、ホームベーカリーを買ったばかりの頃は、時々お母さん作ってくれたよね!
ーーでもやっぱりナンっていうとお店で食べることが多いけど、本当においしいよね!
ーーあ、チーズナン!あれも大好き!
そんなふうに盛り上がっていると、
ふと母が言いました。
「あら、そういえば、私が子どものころはホームベーカリーなんてなかったと思うけど、バーバが手作りしてくれて食べてたわ。」
それを聞いて、私も妹も、びっくり。
二人して身を乗り出し、目を輝かせて訊きました。
「バーバ、ナン作れるの?!」
「お家でいちから、焼くまで…?!」
すると、こくりと頷いたおばあちゃん。
そのポーカーフェイスがなんだか可笑しくて、
私は母とこっそり目を合わせて笑った後、
おばあちゃんにお願いしました。
「バーバのナン、食べてみたい!
お家で手作りなんてすごい!
私も手伝うから、一緒に作ろうよ!」
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そして次の土曜日のことでした。
私は大学の授業を一限だけ受けた後、夕方までバイトをしてから帰宅すると、
おや…?キッチンにおばあちゃんの姿が。
芳ばしい香りと母の目配せで、私はすぐにわかりました。
おばあちゃんはナンと、ナンを作っていたのです。
もう捏ねるのも寝かせるのも終わって、ちょうど焼いているところでした。
いくつかおいしそうな焼き色がついたふかふかのナンが、大きな平たいお皿にごろりと横たわっているのを見て、
「わあぁ!おいしそう、バーバ!」
と、思わず声を上げました。
その声を聞いたおばあちゃんは
「あぁ、やっと帰ってきた」と顔を上げると、
すぐそばにあった焼きたてのナンをちょいとちぎってさらに半分にすると、自分の口と私の口に、ぐいと押し込みました。
そうして私を見ているおばあちゃんの顔は、本当に嬉しそうに笑っていました。
私もおいしさにめいっぱい顔をほころばせていましたが、その時のおばあちゃんの笑顔の輝きっぷりには、かなわなかったと思います。(^.^)
おいしい。おいしいよ〜!もぐもぐもぐ…。
その日の夕食は、父もなんとか間に合うように仕事を終えて帰ってきて、とても賑やかな時間になりました。
おばあちゃんが腕によりをかけてたくさん作ってくれたナンは、ちょうど良い分厚さでもっちもちで、母のカレーともよく合い、ほっぺたがこぼれ落ちるおいしさでした。
ほかほかのナンの山と、皆んなのほくほくとした笑顔。そしてその良い食べっぷり!
その様子を見て、いつもは食欲がないと言っていたおばあちゃんも、その日はたくさん食べていたのを覚えています。
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皆んなでおばあちゃんに、何度もナンどもありがとうを言いました。
その日のおばあちゃんの嬉しそうな顔は、久しぶりに見た満面の笑みでした。
「まあ、そんなにそんなに喜んでくれるの?
もう、嬉しいわぁ!良かったわ、作って!」
そう言って、
こう打ち明けたのです。
「私、一人で自分のために料理をするってなると、どうにもやる気が起きないの…。
自分の分だけなら、正直なんでもいいもの。
でも、こうやってあなたたちみたいに喜んで
くれる人がいると、作りたくなる。あぁ幸せ!」
この言葉を、私は大切に心の宝箱の中にしまいました。
おばあちゃんの本音の言葉と弾けるような笑顔に、元気をもらった瞬間でした。
そして同時に、大切なことを教わりました。
" 喜んでくれる人がいて、その人のために食事を作ることが、幸せ " だということ。
母も、
「そうねぇ。私も自分一人の時は、余ったお菜とかテキトウに作ったもので済ませちゃうからわかる。
バーバはずーっと、ジージのために作ってきたんだもの。
家族のためを思うと、味も栄養も色合いも、考えてつくるでしょう?
それが、大変なんだけど、楽しいのよ。」
と言って微笑みました。
家族のことを考えて毎日ごはんを作ってくれている母の有り難みとすごさに、改めて感謝と尊敬の気持ちで胸がいっぱいになりました。
テーブルの上は、幸せでいっぱいでした。
おばあちゃんの気持ちが込もったナンも、
家族で食卓を囲みこうして楽しく交わす会話も、
食事を通じて分け合う喜びや元気も。
そのすべてが、幸せの象徴でした。
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その日以降、おばあちゃんは少しずつ、キッチンに立つようになりました。
一人で食べるお昼ごはんは相変わらず簡単なもので済ませているようでしたが、
家族が帰ってくる夕食の時には、ほとんど毎日、お味噌汁を作ってくれるようになりました。
さらに、お味噌汁担当になってから、だんだんと自分に対する自信を取り戻していき、
今ではまたもとのお家に戻り自分で生活できるようにまで回復しています。
最近は時々遊びに行くと、
冗談を言って笑えるほどにまで元気になっているようなので、良かったです。
私にとっての、「元気をもらったあの食事」。
それは、おばあちゃんのとびきりの笑顔を見れた夕食のナンでした。
パーティーのようなあの夜の思い出を、
私は一生忘れません。
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大切な思い出を、
最後まで読んで下さりありがとうございました!(^.^)💐