ロリン・マゼールのブルックナー【俯瞰して仕掛けるドライブ術】
3月下旬の朝日新聞に「はまる、ブルックナー」という記事が載った。「洗練とは無縁、でも真理に触れる響き」だそうだ。
文化に力を入れているのは結構だが他の記事がつまらない朝日新聞は読まないのでコピーを拾い読みしたが、なかなか面白く感じた一方、これ読んでブルックナーを聴こうと考える人間はいないだろう。
ブルックナーは好きだが他人にはすすめない。理由は単純で長くてつまらない音楽だから。そんな筆者が楽しむのはまともに取り合うひとのいないロリン・マゼール(1930-2014)指揮のブルックナー。
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の第5番、1974年3月のセッション録音。
指揮者はオーケストラの各セクションを1から10まで方向付けし壮大でかつギリギリと締め込んだ緊張感のある音楽をやりたい、オーケストラはそんなのごめんで自身の音色で好きな音楽をやりたい。その綱引きが75分続く。こういうのが聴き応えを高める。日本のオーケストラだとまず聴けない次元。デッカ全盛期の鮮烈なスケール感に加え、きめ細かい肌合いの音質も圧巻。
1999年1月~3月、当時の手兵バイエルン放送交響楽団と0番を含む全曲をライヴ録音。
鳴らし込み、抉り、拡げる。スコアを合理的なスタンスで語り尽くす。時折ザクッと変化をつけるが割合正攻法。オーケストラの量感と緻密さを両立したアンサンブルが立派。
晩年にはミュンヘン・フィルフィルハーモニー管弦楽団と第3番をライヴ録音。
ブルックナーに精通するオーケストラの弦楽器の肉厚で粘着力があり、しかも見通しよく澄んだサウンドに魅せられる。遅めのテンポでときに繰り出す大膨張パノラマはいかにもだがオーケストラの美質か弱音の哀感も際立つ。
マゼールのブルックナー録音は他に1960年代後半にベルリン放送交響楽団と録音した第3番、カラヤン時代末期のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を豪快にドライブした第7番、第8番がある。ベルリン・フィルとの2曲は思いのほか流麗な稜線で仕上げるも時折ギラっとした金管打楽器の突っ込みの入る破格の内容。この録音の成功で我こそ「ポスト・カラヤン」だと勝手に思い込んだマゼールだが周知の通り夢破れた。