パズル

あんなに苦しかったのは何故だろう?

あの時、人って案外冷たいものだ。
と、私は思っていた。


どうして、分かって貰えないのだろう?
という、その答は、今こうして振り返ると、
色々ある。色々あるけれど、
大きな理由のひとつには、
人や時間、仕事を大切にしているようにしながら、
大切にしてこなかったのだということ。
人は、どんなことも見せかけることは出来る。
そして私たちはよく、人を、そして自分をも、知らずに騙してしまうことがある。

たとえば、
忙しいふりをしたり
理解しているふりをしたり、
賛同しているふうを装ったり、
けれどそれは、あくまでも見せかけであって本質ではない。
そしてそれは案外、論理というよりは第六感のような感覚的なもので、
察知されてしまうのだ。

基本、人は、
自分が気持ちの良いことをされれば、その人は自分にとっては良い人であり、自分の味方だと思うことが多い。
けれどもそれは、お互いにそういう相手であることが大切なのだ。
人と人が向き合うということは、ものすごいエネルギーを要する。
人が仕事と向き合うときも、同じだ。
すべてはエネルギーだから、大抵は、自分の出したエネルギーが自分に返ってくるように出来ている。
言葉も、愛情も、仕事も。
中途半端に向き合えば、中途半端が。
怒りや疑惑を持って向き合えば、怒りや疑惑が。
それは、言葉だけでなく、文字や文章間にも現れるものだから、
気をつけなくてはいけない。

私は当時、広く浅くの付き合いが当たり前だった。
そんなわけで、自分のキャパシティが広いのだと勘違いしていたのだ。
去年一年、SNSから離れて自分と向き合った時に見えてきたのは、
私の許容量はどちらかといえばとても狭く、
仕事でも、プライベートでも、お互いにエネルギーを注ぎ合える、
そうしたパートナーと共にいたいということだった。
エネルギーの交換が互いに出来る相手と。

よく、私のワークショップで「手を打つ」ということで、
自分から発するエネルギーというものを体感してもらうというワークをする。
まさに、お互いが気持ちのよいエネルギーを交換できることを体験して貰う。

「互いに」
これが、今の私の、仕事仲間や友を選ぶ基準となっている。
もう十分、一方通行はやってきた。
だから、これがいい。

しっかりと人や物と向き合うようになっての大きな変化は、
人からの手助けが増えてきたということ。
そのおかげで「やっぱり人は、あったかい」と思えるまでに
私の気持ちは変化をみせている。

今、上手くいかない理由が、
あなたの一方通行ならば、それはそこで区切りをつけるべきだし、
もしその理由が、
あなたの相手に向かうエネルギー(思い)が不足しているならば、
もう一度自分を見直し、相手が本当に自分のエネルギーを注げる相手なのか、または職場なのかを考えてみたほうがいい。

見直しのポイントは、自分に厳しく。ね。

私の去年からの生きるベースは、
前のnoteにも書いた、勝海舟の言葉、
「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張。 我に与(あず)からず。我に関せずと存じ候」という言葉。

自分の問題と他人の問題を混同せずにいること

で、もっともっとシンプルになりたい。
そう思っている。
もっともっとシンプルに。

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chokonishimura
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