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認知症の母からまなぶ、「笑い」と「記憶」の関係。

母の、途切れ途切れの記憶を観察し、小さな実験を重ねて分かってきた事があります。

認知症の型などによって効果の有無はあると思いますが、これは認知症に限らず、
新しい事にトライしたり、
何か大きな決断をするとき、
しんどいことから抜け出すとき、
病気の治癒や
障害を持つ子どもたちにも役立つものとして、
大きな可能性を秘めていると感じています。

母の記憶や、会話で何度も尋ねてくるパターンを注意深く検証してわかったこと。

①楽しいこと、嬉しかった経験は記憶として残り、その後の支えになる。

母がはっきりと覚えていることは「しあわせだったこと」「楽しかったこと」「やりがいを実感できたこと」が基準となっています。

母は戦争体験者ですが、母は医療に携わって来たこともあり、その時の、他者の役に立てたという記憶も鮮明です。

一人一人、何をするときが楽しいのか。
リラックスできるのかは様々だと思いますが、
「楽しいこと」「嬉しい」こと。その時の身体と心の心地よさが「記憶」の大きな鍵になっているというのが私の検証分析です。

失恋をして痛手をこうむってしばらくは立ち上がれない。でも、時間という薬をとるうちに少しずつ、その人との良い事ばかりしか思い出さない。
これも、時間の経過と共に、記憶に残るものがどういうものか。ということを物語っています。

②「笑い」はすべての起動の源になりうる

笑いは、動物の中では人間にしか出来ない高等なものです。私は以前、障害を持った子どもたちの研究をしていたのですが、声を出して笑えるようになることで、言語獲得のスピードが変化したのを覚えています。

認知症の母は、最近あれこれ失敗をすることが増えて来ました。
怒鳴ったり、きつく言っても、まったく効果はありません。
ある日「こんなことをやったのは誰?」「これは許せないなぁ、くすぐりの刑にしなきゃ」と言って、母をくすぐると、「やめて~」と言いながら身をよじりケラケラと楽しそうに笑います。
そのあとで「〇〇されるのは、悲しいな」「今度は、〇〇して欲しいな」とお願いをしてみると、不思議なことに、同じ失敗が少なくなってくるのです。

「笑い」という楽しくリラックスした状態は、記憶だけでなく、行動にも大きな影響を及ぼすのだと思いました。そして、母との日々の中で気づいたことは、母だけでなく、自分を置く環境を選ぶことや、どんな人とどんな時間を過ごすのかという、私自身へ問いかけにも繋がりました。

まだまだ、試行錯誤の段階ですが「笑う」ということ、「心と身体のリラックス、心地よさ」が、記憶を含むパフォーマンスの向上に役に立つことは確かなようです。

母とは決して良い親子関係ではありませんでした。何十年も母の笑顔を見たことがありませんでした。けれども、残された母との時間、母にはたくさんの笑顔を作ってあげたい。今ではそう思っています。それを私は何よりも望んでいたのだということも、母の笑顔をみて気づいたのです。

そして、認知症というマイナスの言葉で使われる症状は、本人にとっては、究極の癒しなのだと思うようになりました。他者や家族にかけた迷惑はすべれ忘れて、記憶に残ることはすべて良いことだけなのですから。

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