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「わたしの名は、リーサ。」

小さいころ、母がよく読み聞かせをしてくれました。
その中でもいちばん昔の記憶は、本棚本の初回に紹介した『クマのプーさん』と、この『やかまし村の子どもたち』です。

アストリッド・リンドグレーン、大塚勇三訳『やかまし村の子どもたち』(岩波書店、2011年)

うちに昔からあるのは、岩波書店のハードカバー函入りのもの。
こちらの岩波少年文庫版は、わりと最近自分で買ったものです。
”訳者のことば”から察するに、この作品が日本語訳で登場したのが1965年のこと。原作は1947年出版だそうです。

すごいなあ、日本では戦後直後ですよ。
やっぱり岩波少年文庫は、その当時の最高峰の児童文学を次々の訳して日本に紹介していったんだなあ、と思います。

この物語の原語でのタイトルは、”Alla Vi Barn Bullerbyn" といいます。
どこの言葉だと思いますか?
スウェーデン語です。
わたしはスウェーデン語のことはまっっっったくわかりませんが、「やかまし村」は「ビュゥレビィン」というような発音だ、ということを、スウェーデンに旅行したときに知りました。
スウェーデンという日本からは遠く離れた、あまり縁のなさそうな国の小さな村の子どもたちの日常のお話が、日本で長く愛される作品のひとつであるのは、とても不思議な気がします。

この物語は、やかまし村に住む子どもたちの日常を描いた作品です。
中屋敷のラッセとボッセとリーサ、北屋敷のブリッタとアンナ、南屋敷のオッレの6人です。村には、この3軒の家しかなくて、3つのお家は一列に並んで建っています。
リーサのお誕生日のこと、男の子たちがやっかいで困ること、家出をしたこと、吹雪で学校に行けなくなったこと。
ひとつひとつのエピソードが暖かくて、おかしくて、こんな生活をしてみたいなあ、と何度だって思ってしまいます。

わたしが一番憧れたのが、リーサのお誕生日のお話です。
お誕生日の日は、朝ごはんをベッドに運んでもらうまでは起きてはいけないので、リーサは早くから目を覚ましていたのにベッドのなかでずっと寝たふりをして待っています。

とうとう、階段をのぼってくる音がきこえましたので、わたしは、できるだけきつく、目をつぶりました。すると、パーン!とドアがあいたとおもうと、おとうさん、おかあさん、ラッセに、ボッセに、うちの女中のアグダがならんでいました。おかあさんは、お盆をもっていました。お盆の上には、ココアのはいった茶碗と、花をさした花瓶、それに、さとうをかけ、ほしブドウを入れた大きいケーキがのっていました。ケーキの上には、さとうで、こんな字が書いてありました。
「リーサ 七歳」
(p.22-23)

いいないいな、ベッドで朝ごはんなんていいな。
それも、自分専用のお誕生日のケーキが朝ごはんなんて!
そういう”あこがれ”が、見知らぬ国の物語を読む理由だったりします。

だってさ、リーサは7歳のお誕生日に、自分専用のケーキとココアとお花をもらって、さらにはすてきなひとり部屋までもらったというのに、7歳のわたしはベッドもないし(家族でお布団だったし)、朝ごはんをベッドでお布団で食べることもできないし、朝からケーキもでてこないし、しかもホールケーキを独り占めとか絶対できないし、ひとり部屋を貰うなんて、夢のまた夢でしたもの。
ちなみに完全なひとり部屋は、留学したときの寮がはじめてでした。

本で読むと、どんな些細なことだって特別に思えるからふしぎです。
北屋敷のおじいさんの部屋で新聞を読んであげたり、親に怒られて家出してみたり、藁の中に隠れて遊んだり。
そうそう、藁で木苺のジュースを飲むのは、ものすごく特別でした。
のちに英語を学ぶようになって、”ストロー”というのは”藁”のことだと知ったのはアハ体験でしたね。なるほどね、そういうことなのね。

いいないいな。
やかまし村には、わたしが持っていなかったけれど懐かしさをかきたてる、「あのころ」の景色がぎゅっと詰まっています。
いいないいな。

そんな、いいないいなの衝動のままに、やかまし村に行ったことがあります。
あるんですよ、やかまし村。スウェーデンに。
リンドグレーンは、実在する村をモデルに物語を書いていたのでした。

やかまし村は、リンドグレーンが住んでいたヴィンメルビーという町から歩いて3時間くらいのところにある村で、その町はスウェーデンの首都ストックホルムから電車で3時間くらいかかる場所にあります。

ヴィンメルビーからやかまし村は直通のバスがなくて、途中までバス、そこからは湖のわきの車道をひたすら1時間以上歩きました。いまはどうにかバスだけで行けるのか、それともやっぱり車がないと難しいのか、よくわかりません……。
とにかく、ものっっっっごく苦労してたどりついたやかまし村は、わたしがずっと頭の中で描いてきたやかまし村そのものでした。
しかも、そこにはふつうに人々が住んで暮らしているのです。たまらないね。大好き。

やかまし村にはティールームがひとつあって、そこでケーキとお茶をのみ(スウェーデンの紅茶はいろいろなフレーバーがあって、とてもおいしいのです)、3つのお家の向かい側にたっている大きな木にかけてあるブランコで遊び、藁がいっぱい敷きつめられた納屋の2階にのぼって下に飛びおりるという遊びをし、そして帰りのバスに間に合うように、競歩で村を後にしました。

すっごく疲れた。でもすっごく楽しかった。
物語の舞台を訪ねるのは、本を読んだり映画を見たりするのとは違う喜びがあります。
またいつか、やかまし村に訪れたいです。


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