3度目の初恋で詰んだ。 第11話 “出会いと別れ“
病院からの帰り道、目に入ったのはまばらなイルミネーションを纏った木々のアーチ。彼女に問うこともなく、道路の反対側へと渡るため信号が変わるのを待つ。澄んだ透き通った空気が信号の青の光を押し広げる。降る雪は小さな粒雪へと変わっていた。風も少し出てきて寒さを助長する。控えめにイルミネーションを纏った木々のアーチの入り口に立つと、反対側の通りから観た時とはまるで違ってまばらでパッとしなかった光の粒が手前から奥へと折り重なりあって冬の星空を間近に歩けるように美しかった。
「遠目に見るのと、こうして見るのとではまた違うもんだね。いい感じ。」
「そだね。遠目に発見した時はこう見えるとは思わなかった。あんまりチカチカしすぎるのもな。」
「圭介くんってイルミネーションとか、夜景とか、好きそうにないもんね。」
「そんなことないよ。まぁ、あんまりわざとらしくいかにも人工的で派手なのはどうかと思うけど、街を彩る色んな光を見ると、まぁいいんじゃないって思うよ。」
「うふふふ。」
「何がおかしいんだよ。」
「ごめんごめん、素直じゃないなぁ〜と思ってさ、、そしたら、さっきの?鈍感罪の下りを思い出してさ、はつみちゃんがゲラゲラ笑ってるのを思い出し笑いしちゃった。」
「めっちゃ笑われたね。あんな笑われたことないわ。」
「でも、本当に良かったの?私、現れて。」
「愚問だな。あの笑顔が見られたんだから本当に良かった。」
風が強くなる。優しく舞っていた雪も横殴られ消えていく。耳や鼻先が赤く点灯するように寒さを知らせてくれる。
「あ、そうだ。」
ぎこちなくそう言うと、彼女はクリスマスプレゼントと思しき格好をした袋を取り出した。
「これ、良かったら使って。圭介くんにはお世話になってるし?今年もお疲れ様でしたってことで私からクリスマスプレゼント。でも、、ひょっとしてもしかして、、被っちゃってるよね?」
袋の中身は臙脂色したチェックのマフラーだった。こっちのマフラーもふかふかしていて柔らかい。こんな風に誰かと出会って誰かを想い、誰かに想われることはとてもありがたいことなんだ。僕の心が温まるのを感じる。素直に言葉にできなくても心は素直でありたい。僕は僕の首元に手をやり、はつみさんからもらった黄色いマフラーを美沙さんに巻いてあげた。
「じゃあ、これは僕が。ぅう寒寒。」
「え、このマフラーってでも、はつみちゃんからもらったんじゃないの?」
「うん。そっちの方があったまってるでしょ?」
「え、、あ、う、うん、そりゃそうだけど、、いいの?」
「いいよ。」
「ありがとう。」
そう言うと彼女は「あったかーい」とマフラーに頬をうずめた。互いのチェックのマフラーで口元を覆い隠すように巻いて、僕らは光の先へと歩き出す。ほんのさっきまでは風の音が邪魔していたけれど今は至って静かなもんだ。木々たちが遮ってくれているのだろうか。通りすがりの僕たちを迎えいれてくれてありがとう。僕は胸の中にある確かな言葉を、少し間を置いた後、彼女に心を込めて誤魔化さずに、素直にそのまま渡そうと準備する。きっと彼女のことだ、考えなくてもいいことを考えて、しつこく申し訳ないとか言ってきそうだから。
「美沙さん、ありがとう。今日のこと。」
「え、、うん。ご、ごめんね。。」
その言葉に僕は立ち止まり、思わず彼女の両腕をガシッと掴み込んでしまう。少し力が入り過ぎてしまった。彼女がそれにビクつき硬くなるのを感じる。僕の手元を和らげると、彼女の硬さも取れていく。
「今日のことを謝らないで。もう、2度と。」
「・・・・わかった。」
「自分でも不思議なんだけど、普通好きな人とクリスマスにデートしてる所にそりゃ美沙さんが現れたら、おいおいってなるんじゃないかって思う。はつみさんが亡くなっていることや、居なくなることは正直前からどこか覚悟していたことだし。そういう気持ちが出てこなかった。だから、恋とは言えないのかなとか、色々悩ましかったけど、ただただ過ごせる時間を大切にしようって思ってたし、美沙さんが来てくれて、彼女もまた嬉しそうだったし、僕とだけじゃ生まれない時間も生まれた。そのことに嫉妬も出てこなかったし、彼女が楽しそうで本当に良かった。だってあの大爆笑な。泣いてたもん。」
そう話しながら彼女の方を見つめたが、てっきり合わせて微笑んでくれるかと思ったけれど寒そうに眉を寄せては潤んだ瞳に僕を映し、優しい表情をして僕の話に耳を傾けていた。
「だから、ありがとう。」
言葉だけじゃ伝わらない。きちんと伝えるにはほんの少しの勇気が必要だ。美沙さんと過ごしたこの1年余り。僕は美沙さんと居れたことで少し変わってきたように思う。僕には何かが芽生えてきている気がしていた。だけどまたそこから逃げた。はつみさんと会う傍でそんな気持ちを気遣い、育てることも膨らませることもしなかった。僕は君を知らないし、君も僕を知らない。だけど今ははつみさんを通じて、彼女の存在そのものがとても大切で有り難く感じていた。僕は彼女に感謝している。いつもありがとう、その確かな気持ち。それがほんの少しでも彼女に伝わったのならそれでいい。人にはそれぞれ、誰かにきちんと気持ちを伝えなければならない時が必ず来る。
「私も、梨花に頼まれたとは言え、会ってみたいなって思ってたから、嬉しかった。ななみさんとはほんと全然違うんだね。」
「だよね。はつみさんは、いい意味で子供っぽいよね。」
「不思議だよね、人が纏っている雰囲気っていうか、オーラっていうか、、圭介くんも時々出してるよね。話しかけるなオーラとか笑。」
「ええ?出してませんよ。勝手にそう見えて、、、」
「はい、勝手って言わない。」
人差し指を立てて僕の口元にかざす。凍えそうな指先を僕は握ってみせた。うん、やっぱり冷たい。僕が冷たいと感じるってことは彼女は。
「あったかーい。」
「あら、、おかしいな。僕は冷え性なはずなのに。」
冷えた彼女の手をポケットに戻すように促し僕は手を離す。真新しいマフラーの香りが僕と彼女の間で壁のようになっていた。
「こう寒いと、手がカサカサになっちゃうな。マフラーのお礼にハンドクリームでも買ったげるよ。」
「え?ちょま。安くない?単価合わせようよ、食事付きでお願いします。」
「ぁぁ、しまった。今の場合、マフラーのお礼に、が余計な一言になるのか。ん、違うか。よくわからんな。」
「ご無理のない範囲で。」
鈍感罪で訴えられてしまいそうな僕だったが、実は僕なりに彼女は僕のことが好きなのだろうかと思う場面もこれまでにあった。それでも誰にでも分け隔てなく明るい彼女を見つめては、僕はほんの風景の中の1人に過ぎないと思うように努めたし、あまり考えないようにしていた。はつみさんと美沙さんと3人で過ごせた時間が僕を内側から温める。元々仕舞い込んでいた扱いづらい気持ちに不思議な色を加えられたようで思考が追いつかない。僕は時に要らぬ深さまで考え込んでしまって動けなくなる。だけどそれでも人が動き出せるのは、純粋な存在そのものへの感謝の気持ちからではないだろうか。
さっきまで星空のように見えていた光たちはまばらに数えるほどになり、束の間のイルミレーションは終わりを迎えようとしていた。その終わりを惜しむかのように僕たちは地面を靴底で舐める。いよいよ狭くなった僕らの歩幅。ついには彼女は歩みを止める。僕も合わせて歩きを止め、僕らは自ずと歩いてきた光のアーチを振り返った。今しがた歩き終えた光のアーチがまた瞬く。
「私の方こそ、ありがとう。ほんの少しだけど、圭介くんとクリスマス過ごせたし嬉しかった、不謹慎だけどね。それより、何より、本当に私もはつみちゃんと会えて、嬉しかった。会ってみたいって言ったのは本当だけど、実際に会ってみると、なんていうか、全て、わかった。どうして、会いたかったか。だから、なんか、うまく言えないけど、圭介くんの気持ちもなんとなくわかる。」
「ありがとう。」
「ただ、、、ただただ、、思うことは、、」
彼女は何かを言いかけてマフラーに鼻先をうずめる。彼女が引っかかっている言葉を出そうとしているのがわかる。言葉だけが全てじゃないし、時に言葉は要らないことだってある。僕は彼女の背にそっと手を添える。彼女がそれに反応して顔を上げる。彼女の両目からは言葉よりも先に涙が溢れていた。
「生きたかっただろうなって、はつみちゃん。、、えらいよね。。。生きたかっただろうに、、ね。」
頭で考えるよりも先に心が動く。それが人を好きになるということなんだと唐突に理解した。頭で考えてすることじゃない。涙に滲んだ彼女の言葉に僕の中で何かが弾けた。僕を中心に僕の内側からはじけて、雪も、枯れ葉も、景色すらも吹き飛んだ澄み切った光の中に立つ僕は、少し遅れて君と居る僕に改めて気がつく。自分の鼓動、頭の先から指先まで、僕は僕を承認したような、僕は君に認められたような、受け入れられたような感覚。鼓動が聞こえる、僕の音?ドッドッドッドッと音がする。止まらない。もう止めないでいいよ、内側から君の声がする。さっき、僕が彼女の背をトントンとしたように今度は彼女が僕のをそうする。僕は堰を切ったように泣き出してしまった。僕は、僕の願いは。ふと、いろんな香りが変わりばんこにやってきた。真新しいマフラーの香り、微かに残るはつみさんの香り、そして、柔らかな美沙さんの香りと腕に包まれた。僕は躊躇わず彼女の腰と背に手を回し、ぎゅっと強く抱きしめた。どうしてだろう、涙が止まらない、ずっと、こうしたかったのかもしれない。誰かの温もりに、君の温もりに包まれたかったのかもしれない。
「くっつくと、あったかいね。」
彼女はそう言うと僕の頬に手をやったかと思うと、すりすりしたり、時折僕の頬をむぎゅっと摘んだりした。
「よしよし。いいやつだな、小津は。」
「あーあー、カサカサだな。保湿クリームも買わなきゃね。」
とか言って自分もぽろぽろ泣いているくせに涙を流す僕を諌めようとした。僕が彼女の涙を拭うと、彼女も僕の涙を拭った。彼女の鼻先に大粒の雪が舞い降りて、2人して木々の枝葉の先の空を見上げる。枝葉のそれらが手のひらに見えて、紙吹雪のように雪を降らせて祝福してくれているように映った。お互いの鼓動が体を伝ってこだまする。彼女は僕の腰に回した手を解き、僕の口元を被しているマフラーを下げ、僕の頬を両手で包んだ。指先が僕の耳に触れたが、寒さのせいかあまり感覚がなかった。彼女が少し背伸びをしたかと思うと、つつつっと戸惑い、するりと両方の手が落ちていく。僕は彼女をもう1度強く抱き寄せ顔を近づける。互いの鼻先が氷のように冷たい。ぎこちないキスは彼女の上唇にあたってしまう。下手くそな自分についつい照れ隠しをしてしまう。
「冷たッ」
背を反り彼女の顔から距離を取る。彼女のキョトンとした目に「しまった。」と思った。
「もっとして」
言葉は時に背中を押したり尻を蹴り上げたりする。今度は彼女の内側にあるその体温を感じるまで、彼女に覆い被さるように唇を重ねた。少し離れてはもう1度。また重なっては離れる。自分と自分たちを何度も確かめるように、互いの頬や頭を捕まえては唇を重ねる。ひとりずつで寒さに凍えていた心と唇はもうすっかりと温まった。
「一緒だと、あったかいね。」
もう一度、笑顔でそう言う彼女。そうだねと僕。僕らを祝すように、ふわふわとした雪は降り続いていた。彼女のでこを胸元に抱き寄せ、見上げ伸びた枝の向こう、雲の切間から月が僕らを覗いていた。
「もう、いいのね。」
「うん。」
「ありがとう。さようならは言わないからね。」
「私はもう大丈夫だよ。だからお姉ちゃん、もう自分を責めるのはやめて。」
「・・・・・。」
「思うように、自分の人生を生きてね。」
「妹のくせに、、生意気ね。」
「お姉ちゃん、また、会おうね。大好きだよ。」
「うん。私も。」
「じゃあ、またね。」
「うん、じゃあね。」
「バイバイ、はつみ。」