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旅日記:「気比(けひ)」と「笥飯(けい)」(2/2日目)
ここまでの旅日記
1. 8年ぶりに福井へ向かう
2. 福井県立恐竜博物館を満喫
3.福井駅から敦賀ムゼウムへ
敦賀ムゼウムを堪能し、友人の待つ敦賀駅に戻る。
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ここからは友人の車で敦賀をぶらぶら。
まずはおなかが減ったので、赤レンガ倉庫で昼食をとることにした。
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お昼はおしゃべりに夢中で写真を撮り忘れてしまった。私はあぶり海鮮丼を選択。店員さんが注文を復唱する際に、「えび」と「あぶり」が一緒になって、「えぶり」と言ってしまったのが面白かった。店員さんと友人と3人で笑い合って和んだ。
そんな私は、レストランの名前を雰囲気で「生贄」と読んだ(正しくは生け簀)。なんて店名だ…と思った。
食事のあとは、気比の松原へ。
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それにしてもすごい数と高さ。
気比の松原の「松原」の由来はわかったものの、「気比」の意味が気になった私は、そばにあった観光案内所にいるおばちゃんに聞いてみることにした。
私「気比の松原の気比って、地名か何かなんですか」
おばちゃん「あ~そうねえ。地名かもしれないねえ。氣比神宮とか気比の松原とかいうもんねえ。考えたこともなかったわ」「ここ観光案内所って書いてあるけど違うのよ~私はただ車の数数えているだけなの~」
おばちゃんは、観光協会でアルバイトをしていて、車のナンバーを見て、どこからどのくらいの数の人が来ているのかを数えるように言われているらしい。
ちなみに私たちが来た時刻は14時頃だったが、この日はすでに330台ほどの車が来ており、北は北海道、南は熊本ナンバーがあったとのこと。
おばちゃん「北海道はフェリーで来られるからねえ」
そうなんだ!北海道とはフェリーで結ばれているんだ!
おばちゃんから案内所にあるチラシをいくらかもらい、気比の謎が気になる私はそのまま氣比神宮に向かった。
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実をいうと、私は敦賀ムゼウムに行った際、敦賀湾の歴史に関する展示物のなかに、「このあたりは笥飯(けい)の浦と呼ばれていた」という一文を見つけていた。けいってけひに似てない?もしかして気比の由来はこれ?これは地名!?とその時から気になっていたのだ。だって、「気比」って漢字からも意味が想像しにくいし、すごく珍しい名前だと思うから。
それに、「敦賀」はもともと「角鹿」と言われていたものが「敦賀」になったと書かれていた。笥飯にも同じようなことが起こってもおかしくないのではないか。
氣比神宮の境内にはユーカリの木が植えられていたり、芭蕉の銅像があったり、いろいろと興味深いものはあったものの、気比の謎は解けそうにもなかった。
友人も「もうないんちゃう」と半ばあきらめていたが、本殿を目の前に振り返ると、北陸新幹線開通を記念して飾られた展示物をいくつか見つけた。
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結局、笥飯と気比の関係を明瞭に示すものは見つけることができなかったが、これらの資料から、笥飯は「けひ」とも呼ばれていたことがわかった。笥飯の浦と笥飯大神の関係性はわからないものの、漢字と読み方が同じことから何らかの関係はあると思われた。邪推だが、「笥」「飯」はどちらも食べ物を指す言葉であることから、両者はそれぞれ「豊穣の海を指す笥飯の浦」と「食物の神を指す笥飯大神」であるとすると、語源は同じところにありそうだ。
帰りは敦賀駅から新幹線に乗った。
敦賀駅を出発した時点ではまだ乗客はまばらだったが、やはり金沢駅でどっと人が乗ってきた。ほとんどの席が埋まっていたような気がする。
東京駅から乗換え、帰路につく。
久々の旅は1泊2日の福井・敦賀。とっても充実した2日間だった。
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さて、次はどこに行こう。