210131 第3回講演&トークセッション
記事および写真:パカノラ編集処 代表 小西 威史氏
【講演】
官民連携による空き家活用と伝統的な町並み再生
〜3人の視点からみる、とある栃木の物語〜
【ゲスト】
一条嘉之さん(栃木市総合政策部蔵の街課 副主幹兼重伝建係長)
横内 基さん(かえもん暮らし事務局/NPO法人とちぎ蔵の街職人塾副理事長/国士舘大学理工学部建築学系准教授)
遠藤 翼さん(合同会社Walk Works代表社員/ NPO法人蔵の街遊覧船船頭)
【調布市 まちづくりプロデューサー】
髙橋大輔、菅原大輔
【ファシリテーター】
松元俊介
空き家を活用したまちづくりの実践例を学ぶ講演&トークセッション第3回のゲストは、栃木県栃木市からお招きした、空き家の活用とまちづくりに関する3人のプロフェッショナルです。
まずは栃木市役所職員職員の一条嘉之さん。ある移住系情報誌の調査(2018年)で、栃木市は空き家バンクの成約数で日本一に輝きました。そのときの空き家対策を担当されていた方です。現在は重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)の保存を担当し、ここでも空き家の活用を進めています。
横内 基さんは建築耐震構造や地域防災などを専門とする大学教員で、栃木市では「かえもん暮らし」という、栃木暮らしに興味がある方と、空き家の持ち主、大工などの職人さんとの架け橋になる団体の事務局を担当しています。
栃木市へJターン移住した遠藤 翼さんは、都市計画のコンサルタント業務などを都内でされていた方。現在は、重伝建地区内の見世蔵で家族と暮らしています。今後、まちづくり会社を設立予定です。
「官」と「民」で連携し、暮らしやすく、楽しいまちづくりを進めているお三方の講演を紹介します。
1.空き家バンク成約数・日本一のまち/一条嘉之さん
栃木市には大学がなく、高校卒業後、若者が東京の大学などへ進学し、そのまま就職、栃木市には戻ってこないということが多いそうです。
「実家で暮らしているのは高齢になった両親と犬や猫。親御さんが他界するとその家は空き家になります。都心で家庭を築いているので、戻る気はない。そんな方たちに『あなたの実家、まだ使えますよ』と、空き家バンクの紹介をしています」と一条さん。
市から毎年送る納税通知書に、空き家バンクや空き家の解体補助制度などがあることを示すチラシを同梱して、空き家問題を考えるきっかけを与えていることが最初のポイントです。解体補助適用には倒壊のおそれがあることなどの条件があります。そこで相談を受けた場合は、2013年から市が始めた空き家バンク「あったか住まいるバンク」への登録を勧めています。
「空き家の解体には費用がかかり『負の遺産』でしかないのですが、空き家バンクを通して売れれば『富の遺産』に変わります。価値の転換が起こるのです」。そうやって空き家バンクの活用を進めた結果、移住系情報雑誌の調査(2018年)での「空き家バンク成約数が多い自治体」で1位となったのです。
2.地域の防災力と空き家との関係/横内 基さん
大学教員である横内さんの専門は建築耐震構造や地域防災です。栃木市との関わりは、2011年の東日本大震災による被害調査のために、栃木へ行ったことから始まりました。
栃木市には全国に120地区しかない重要伝統的建造物群保存地区の一つ「嘉右衛門町伝統的建造物群保存地区」があり、ほかにも古民家や蔵が多くある「蔵の街」です。
「地域の防災力を俯瞰して見ていくと、郊外にショッピングセンターができ、中心市街地がさびれ、空き家が増えてきたまちの歴史が見えてきました。空き家は急速に劣化します。そこで地域の防災力を高めるため、災害時にも被害を最小限に抑える『予防力』、災害後の被害からいち早く立ち直る『回復力』を高め、それを『地域活力』につなげるプロジェクトを行いました。そのなかでは大工さんなどの職人さんのネットワークにも協力をしていただきました」
プロジェクトをとおし、まちの人の本音を聞いていくなかで気づいたのが、住まいの心配ごとを「相談」できる窓口がないということでした。そこで立ち上げたのが「かえもん暮らし」という団体です。歴史的建造物の活用に関する相談などに応じ、人をつなげ、かけがえのない暮らしや出会いを提供しています。
3.築186年の見世蔵を「オープンハウス」/遠藤 翼さん
嘉右衛門町伝統的建造物群保存地区の中にある、築186年の見世蔵で暮らしているのが遠藤さんです。全国で3番めに古い見世蔵です。
「妻が栃木市の地域おこし協力隊をしていて、その住居として市から借りています。元は麻問屋だったそうですが、空き家になっていました」
宇都宮市出身で、東京で都市計画のコンサルタントなどを業務としていた遠藤さんですが、2年前にJターンで栃木市に移住しました。きっかけは一条さんから「栃木市に来ない?」と声をかけられたことでした。
「見世蔵での暮らしはいいことばかりではありません。漆喰の外壁は壊れやすいし、夏は暑く、冬はものすごく寒いです。でも、家を開放する『オープンハウス』をすると、おもしろい人が大勢来てくれます。蓄音機を持ってくるからそれをみんなで聴くイベントをしたいという方がいて、やっていただいたり、ヨガ教室を開く方がいたり、見世蔵の裏の川でピクニックイベントをやったり。その川は東京へつながっていて、かつては江戸への水運で使われていました。見世蔵の前にはだれでも座ってもらえるベンチを置いています」
遠藤さんは今後、新たに会社を立ち上げ、空き家を活かしたまちづくりを事業にしていく予定です。
4.トークセッション
お三方の講演後に行われた、髙橋さん、菅原さんとのトークセッションの一部を紹介します!
髙橋:栃木市では行政と民間の人が融和して、官民連携がうまくいっていることが伝わってきました。官民連携を進めるのは何が大切でしょうか。
一条:私もほかの自治体の事例を見ていますが、連携がうまくいっているところには、やはりキーマンがいます。それは民間の方であったり、市の職員であったり、職種は違いますが、誰かキーになる方がいて、周りの人を巻き込んでいます。
やはりまちをつくるのは人です。栃木市にもおもしろい方は大勢いるのですが、話を聞いてみるとお互いにつながっていないことがわかりました。そこで「トチギプレイヤーズミーティング」というイベントを企画して、人と人がつながる機会をつくったりもしました。
髙橋:古民家や蔵の修繕などには特殊な技術が必要で、横内さんはその職人さんたちともしっかりつながっていますが、どのような経緯でつながっていったのですか。
横内:もともと、お祭りの山車のメンテナンスやお祭りの運営を支えていた職人さんたちがいて、そのなかでもやはりキーマンとなる方がいて、その方のもとで職人塾などが立ち上がって運営されていました。私は、震災を機にその職人塾とつながって、土壁の耐震強度調査にご協力いただいたことなどから連携が始まりました。
菅原:遠藤さんの「住み開き」と、ベンチの話に興味を持ちました。私も調布市富士見町で「FUJIMI LOUNGE」を運営して、まちに場所を開いています。そして、ベンチも置いています。遠藤さんのところではベンチを置くことでどういう効果を生んでいますか?
遠藤:ただベンチを置いているだけで、収益があるわけでもありません。でも、そのすぐ前にバス停があって、バスを待つおばあさんからとても感謝されました。以前は向かいの家にベンチが置かれていたそうなのですが、それがなくなって困っていたそうなんです。あるとき、そのおばあさんがメロンを持ってきてくれました。
ベンチがあることで、私たちの家に近づき、建物に興味を持ってもらったり、移住者の私たちの存在に気づいてもらえるきっかけにもなっています。