日曜日
コーヒーメーカーにフィルターをセットして、お気に入りのオリジナルブレンドをサクサクと入れる。
コポ、ポ、パフ、コプ
間の抜けた音は日曜の朝にふさわしい。
近所のベーカリーで買ったライ麦入りのパンを2枚、トースターで焼く。
クリームチーズをタップリ塗って、サニーレタスをのせる。
紫玉ねぎと真っ赤なトマトは輪切りにし、さらにパンにはさんでいく。
最後はざくっと包丁で、思いきりど真ん中を切るのだ。
部屋中がコーヒーの香りで包まれたころ、サンドイッチは完成する。
褐色の美しいその飲み物を保温ポットにトロトロと注ぎ入れ、サンドイッチと一緒にバスケットへしまいこむ。
私のつくる日曜日のサンドイッチは世界一美味しい。
これをつくるために、私は生きているようなものだ。
さあ、外は最高にいい天気。
いつもの公園の、いつものベンチが私を待っている。
世界が輝いている。
信号機が青になると、私はスキップをして横断歩道を渡った。
キラキラと光を反射させている噴水に赤ちゃんが触れようとしている。
抱っこしながら微笑むその子のママ。
目と目を合わせて何かおしゃべりをしている。
ぬいぐるみみたいな犬を散歩させている日傘の婦人。
ジョギングしている青年。
私はベンチに腰を下ろす。
青葉が優しく日陰を提供してくれた。
温かいコーヒーと、世界一のサンドイッチ。
体の隅々までその食物はいきわたり、私に恍惚とした喜びをもたらしてくれる。
ぽっかり浮かんだ白い雲。
何も考えることなく、ただその雲を見つめる。
「あの、隣よろしいですか」
「ええどうぞ」
「あの、とてもよい天気ですね」
「そうですね」
「ここ、よく来られるんですか」
「ええ。毎週日曜日、このベンチでサンドイッチを食べ、コーヒーを飲みます」
「それはすばらしいですね。あの、僕は占いをやっているんです。
僕は今日、あなたの姿を一目見たときから、あなたについてたくさんのことがわかったのです。
少し話をさせてください。
あなたはすばらしく運がいいのです。そして満たされている。
この日曜日以外あなたは死んでいるも同然ですが、あなたが手にしているそのサンドイッチとコーヒーがある限り、
あなたはどんな困難にも打ち勝つことできるのです。
そうしていても時は過ぎ、明日は早速月曜日。
あなたの孤独はあなたを切り裂き打ちのめすのです。
火曜日。
あなたは決して、誰にも見向きもされない。そうしてあなたは目の前にある何の変哲もない仕事という義務をただただ消化する。
水曜日。
あなたはあてどなくとぼとぼと帰路に着く。
一人きりでカップラーメンに湯を注いで、深夜のお笑い番組を見ながら眠る。
木曜日。
通勤ラッシュで痴漢に遭い、さらに遅刻をする。
上司にいやみを言われ、後輩の失敗の濡れ衣を着る。
金曜日。
恋人にふられる。
土曜日。
自棄酒で深酔い。
何の使い物にもならない」
少し涼しい風が出てきた。
「そして、日曜日。私は私の孤独を心から愛し、戯れ、至福のときを過ごすことができるのです」
「そうですそうです。ねえ、僕にもひとくち、その世界一おいしそうなサンドイッチをくれませんか」
「それはできません。これは、私の人生そのもの。
命そのもの。
あなたもつくってみればいい。いいですか。隠し味をお教えしましょう。
そんなに難しいことではありません。
自分のためだけにつくればいい。自分をいとしく、いとしく、想えばいい。
孤独を、愛してしまえばいい。
60兆個の細胞が、虹色に潤ってしまうようなそんなサンドイッチがいとも簡単にできてしまいます。
ねえ、あなただから、そんなステキなサンドイッチをつくることができるんですよ」
真っ黒だった占い師はみるみるうちに私になっていく。
「僕にもできるような気がしてきたのです。あなたのように美しい孤独を、サンドイッチにはさんでしまって、
そうして日々を慈しむことが。
ねえ、少しも難しいことなんてない。
美味しいパン屋は、もうずっと前から知っているんです」
私の姿の占い師は、歩いてどこかへ行ってしまった。
私はポットの温かいコーヒーを、いつもの公園のいつものベンチに腰掛けて、
ゆっくりゆっくりコップに注ぐ。
雲はたゆたう。
コーヒーから立ち上った湯気が、スウと雲に溶けていった。