アンプラグド
「ねえ次はいつ会える」
「一週間後の夜なら大丈夫かな」
「かな、って何」
「今のところは、ということよ」
「予定が変わってしまったらどうするのさ」
「それでさよならって事よね」
ぼくは彼女の電話番号を知らない。
住所も知らない。
そして、名前すら知らない。
初めて会ったその夜から、次に会う約束だけをして、こうして逢瀬を重ねている。
「きみだれなの」
「だれでもないのよ。あ、このCDかしたげる」
「何」
「アンプラグド。ボーカルが自殺してから出たCD。
私このバンドが出したCDの中でこれが一番好き」
あるバンドのライブで彼女がたまたま隣にいた。
オールスタンディングは観客の密度がすごい。
ぼくもそのとき一人でライブに来ていたし、彼女に連れもいない様子だったから、ぼくはライブの後バーに誘った。
彼女はどこかちぐはぐな印象をひとに与える。
あらゆることに無責任でいるようにも思えるし、あらゆることに意味を見つけ出そうとしているようにも思えた。
ただこうして目と目を合わせて、唇と唇を重ねて、体と体を結合させているときにだけ本当に、
彼女は今ここにいる事実をぼくは知ることができる。
ホテルを出てその後は何も無くなってしまう。
ぼくの頭の中に、あの子が居たという記憶が残るきり。
記憶なんてものは当てにならない。
約束をしたって本当にそれが守られるなんて保障は何一つ無い。
いや…
今日はこのCDがぼくの手に残ったな。
アンプとエフェクターの影響を受けていない、歪みの少ない音がイヤホンからぼくの脳へと響く。
このCDがレコードショップに並ぶことなんて、この歌を歌っている本人はどうでもいいことだったんだろう。
どこか遠いところから、その音楽は聞こえてくるように思えた。
ぼくはそのCDを持って、また約束の時間・約束の場所に来た。
閉店までぼくはそこにいたけれど、結局彼女は来なかった。
アンプラグド。
今や響きの余韻も消えそうだ。何の接点もない、記憶の中だけの彼女。
いつかどこかでまた会えるのだろうか。
ぼくのバックの中で彼女から借りたCDが、永遠に歌い続けている。