◇曇り
一番好きな天気です。
"変"だと思いました?
なぜ"変"なのでしょうね。
快晴と言った方が一般的?
雨と言えば天邪鬼?
共感の根拠はなんなのか、
同意できない理由はなんなのか、
考えたことはありますか?
◆「曇りはごまかしでなく
歴とした直線のひとつ」
美しい青空と
輝かしい太陽を覆う
分厚い雲。
よく"曇り"を
嘘やごまかしのように
例えることがあると思います。
真実が存在していて、
その真実を隠すように
雲が覆っている。
そんなイメージでしょうか。
きっと昔のわたしも
同じように捉えていたように
記憶しています。
今のわたしは、
"曇り"によって
真実を隠されているとは
感じておらず、
"曇り"そのものの
本質的な存在意義について
深く考えるようになりました。
じぶんのこれまでの経験によって
形成されてきたじぶんの"人生"を
客観視できるように
なってしまったから、
なのかもしれません。
◆客観視できるようになると
"こわいもの"がわからなくなる
マガジンにまとめてゆきますが
普段公にしていない
わたし自身の経験を
noteに記録していこうと思います。
その前置き、と言いますか。
当たり前のことを言います。
主人公は”じぶん自身”です。
”じぶん自身”で考えて
”じぶん自身”で行動して
”じぶん自身”で結果を目の当たりにして
”じぶん自身”で思い知り、
また”じぶん自身”で考えて…
というサイクルを繰り返して
日々を過ごされているかと思います。
その”じぶん自身”というのは
・生まれた国や環境
・食べてきたもの
・接してきた人々
・学んできた言葉
・得てきた知識
などなどの全てが影響して
”じぶん自身”を作り上げてきたわけです。
いわゆるオンリーワン。
不思議なもので
じぶんと全く同じ国で生まれ、
環境・親も同じ兄弟姉妹でさえも、
似ることがあるにしても
”じぶん自身”と全く同じ存在には
なるわけがないのです。
おもしろいですよね。
確かに大事なのは、
それらの環境によって
構築されてきた”じぶん自身”。
最優先されるべき
”じぶん自身”の感情や意志。
しかし、
”じぶん自身”が確立しているほど
人と関与することで抱く
恐怖が必ず存在します。
"否定"です。
「いいアイデアを思い浮かんだ!」
「みんなに発表しよう!」
というような機会は
みなさんにあると思います。
”じぶん自身”の純粋な
アイデアや意見。
それをもし、相手に伝えた時に
否定されてしまったら。
残念な気持ちになりますね、
好きな人に、勇気を出して
告白したのを
お断りされたような、
そういう気持ちに近いものが
あるかもしれません。
「どうして?」って思いませんか?
理由。
それが"じぶん自身"にはない
客観的な意見の存在。
じぶんの中で魅力的に感じて
努力してきたオシャレやメイクが、
相手にとって
「ケバい・ダサいと思ってた」と
言われたものだったとしたら。
まぁ勇気を出した告白を
受け入れてもらえなかったのも
納得せざるを得ないかもしれない。
でも、
どうしてその告白までに
努力していたオシャレやメイクを
ケバいだのダサいだの、
教えてくれなかったのでしょうか?
あえて
"教えてくれなかった"と
書きましたが、
なぜ
"教えてくれなかった"と
感じてしまうのでしょうか?
また、「ケバい・ダサい」と
言われたことが
断った本当の理由であると
信じたのでしょうか?
これが"曇り"に当たる部分です。
noteでは、
わたし自身の経験を元に
"じぶん自身"を一度無視して
"曇り"と向き合い
客観視を知ることについて
お話できたらと思います。
それによって得られたのは
”こわいもの”がわからなくなる
ということでした。
正直、
メリットであり
デメリットでもあると
感じています。
長くなりましたので
さらに詳しいことは
別の記事で。
記事をご覧いただく上で
心得ていただきたいことは、
飽くまでも雨宮の経験から
得られた結果であり、
これを固定概念として
押し付けるつもりは
微塵もありませんし、
客観視できることによって
理解が至るものであると
ふんわり感じていただければ。