変わらない『RPG脳』
私は高校卒業後、コンピューター系の専門学校に通っていた。
学科はゲームクリエイター専攻。
理由は至ってシンプルで、ゲームが好きだったから。
しかしながら、卒業後はゲームとは全く無縁な職場に就職したので、親には本当に申し訳ない気持ちと、それでも不満一つ漏らさず通わせてくれたことへの感謝ばかりだ。
結果的にゲームに携わる仕事には就いていないけれど、専門学校で学べたことは勿論たくさんある。
CG関数の複雑さ。3Dモデリングの難しさ。プログラムが思い通りに動いてくれないもどかしさ。デッサンで痛感した私の絵心の無さ。一つのゲームを作り上げることの大変さ。
挙げればキリがないのだが、それらを踏まえた上で、私のゲームへの愛と、それを生み出すクリエイターの方々に対する尊敬の念は、一層強くなった。
初めてテレビゲームに触れたのは、何歳のときだっただろう。
年齢は覚えていないけれど、そのときの記憶は鮮明にある。幼い私が、体調を崩して寝込んでいた日に、父がファミコンを買ってきていそいそとテレビに接続し始めたのだ。横になっている私の目の前で。
それは父から私へのプレゼントではない。もしかすると、不器用な父なりに私を元気付けようとしてくれたのかも知れないが、私の記憶の中には楽しそうにファミコンをプレイする父の背中が強烈に残っている。そう、私の父は物凄いゲーマーで、私のゲーム好きは完全に親譲りなのである。
さすがにその日は「私はしんどくて寝てるのに自分だけなに楽しんでるんや」と子供心に思ったけれど、それ以降、父が買ってくるソフトを私も自然と遊ばせてもらうようになり、気づけば我が家は初代プレイステーションを1人1台持つくらいのゲーマー一家となっていた。
人生で最初にプレイしたゲームは、ファミコンのスーパーマリオ。かなりベタだ。しかも私は、正直あまり面白いと思えず、クリアしないまま飽きてしまった。
代わりに、どっぷりのめり込んだのはドラクエ4だった。ドラクエ3も面白かったのだけれど、4の各キャラクターごとのエピソードや、敵であるデスピサロのエピソードも魅力的で、まるでファンタジー小説の世界に入り込んだような気持ちになった。
そこからは私はドラクエからFF派になってしまうのだけれども(…)、今も昔も、とにかく私はRPGが大好きだ。
特に、スーパーファミコン〜初代プレステあたりまでの、比較的自由度の高いRPGはもう堪らない。
クロノトリガーは素晴らしい音楽に胸を打たれつつ、全てのエンディングを見たくて何度も周回した。
FF7は攻略本片手に、小ネタの一つも見逃すまいと目を光らせて遊んだ。
幻想水滸伝は108人という膨大な数の仲間の名前を全て覚えていた。
東京魔人學園のような、アドベンチャー要素のあるRPGも大好きだ。
登場人物全てに話しかけるのは勿論、家に入ると必ずタンスや壺や本棚を物色し、「◯◯してくれないか?」という選択肢には取り敢えず「いいえ」と答えてみたり、本編とは関係ないミニゲームに没頭したり、キャラたちをひたすらレベリングしたり…。
現実でも、海外の写真や映像を見るとつい「ここは◯◯のダンジョンみたいだ!」と思ってしまうし、宝箱や鍵といったアイテムを見ると未だに子供みたいにワクワクする。
あまりにも好きすぎて、『RPGツクール』というRPG制作ソフトで、オリジナルのRPGを作ってしまう始末。これに手を出したとき、専門学校時代に少しでもゲーム制作について学んでいて良かったと思った。
単なる趣味の一つなのだけれど、自分だけのRPGが作れるのはとても楽しい。
村や町、それらを治める国。そこで暮らす人々。彼らに話しかけたとき、返ってくるセリフの一つ一つまで考えて作っていくのは、私にとって、小説を書く作業と似ている。
RPGの世界に触れるとき、私はその瞬間だけは、煩わしい現実世界を離れて、広大な世界を駆け回る冒険者になれる気がするのだ。