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その扉は、自分で開けたのか? 神様が開けてくれたのか?

2月3日、節分というのは旧暦のお正月。
立春の前日でかつ、新しい季節に入るタイミングのこの季節、2月という月は私にとって特別な月だ。

去年の2月初めに長く付き合っていた人と別れた。そしてその一週間後に32歳だったいとこを亡くした。さらにその2か月前には身体を壊して2週間の入院をし、自宅療養を経てようやく職場に復帰したばかり、というタイミングだった。

こうしていくつかの大きな出来事に打ちのめされた私は、体調面に限らず、いろんなことで落ち込み気味だった。特にいとこが亡くなったことは様々な感情を私に与えた。人の生き死にが誰にも決められないということの不条理、折り合いの付けられない感情、周りに残された人たちの悲しみや悔しさ。病気をした直後ということもあって、命あってこその人生であること考えながらも、私はその時、ただ自分を保っていくことで精いっぱいだった。ご飯を食べて、寝て、仕事をして、時々本を読んだりする程度。ぼんやりとした意識の中で、日々の生活を普通に送ることが最大限、その時の私にできることだった。去年の冬はとにかく寒くて冬も長かったから、そのせいで、どんよりした気分が続いていたようにも思う。

それでも寒かった冬が終わり、桜が咲き季節が変わるころには少しずつ気持ちも上向きになってきた。桜の花は気持ちを押してくれるスイッチのようだった。気温が上がるということ、日常の風景に花や木の色が戻ってくるということは、それだけで人の気持ちを明るくしてくれるのだ。

これが私にとって、1つ目の扉が開いた瞬間だった。

同時に体力も少しずつ戻り、2月の出来事も自分の中で徐々に折り合いをつけられるようになってきた夏頃、自分もこのままのんびりもしていられないな、と天狼院のライティング・ゼミを受けることにした。自分にどれほどの実力があるのかわからないけれど、ずっと考えていた3つの目標に向けて動き出したかった。

「文章を書いて生きていきたい」
「場所に縛られない仕事をして生きていきたい」
「人生100年時代の作家というものを体現してみたい」

最初の2つは特に説明もいらないと思うのだけれど、3つ目はここ何年かで思うことだ。私はいわゆる会社員としての仕事というものには今も充分満足をしているし、環境にも恵まれていてこれ以上何かを望むことはない。ただ、何者にもなれず、何も生み出さず(子供がいないので特にそう思うのかもしれないけれど)、このまま人生を終わっていくのは何だか忍びない。せっかく寿命が延びて、100年生きられる可能性があるのなら、40代を過ぎたここから、夢をかなえていくということに向き合ってもいいんじゃないか、と思うようになった。もちろん、ライティング・ゼミを受講することだけで、それが叶うとは到底思ってはいなかったけれど、自分の中での何かが始まるのではないか、とどこか期待する気持ちがあった。

受講したライティング・ゼミは想像以上に楽しかった。1つのことに集中するというのはとにかくいろいろなストレスを発散させた。日々の生活は、ほぼネタを見つけるためのものに変化し、嫌なことがあっても、「これを書いてやれ」と思うようになった。ネタを集めるために近所のバーに出入りして人間観察をし、いろんな人の話を聞いたりもするようになった。提出する課題の他にもいろいろ書いたりもして、自分の生活をコンテンツにして感情を昇華させるという技がだんだん身についていった。
病気から2月までの出来事で落ち込んだ気持ちを回復させるにはうってつけの、ものすごいリハビリだった。自分の頭の中にあった例の3つの目標など、半ばどうでもいいと思えるほどそこに集中していた。読んでくれた人の評価が気にならなかったといえばうそになるけれど、それ以上に、その瞬間、自分自身が幸せだということを実感していた。アスリートたちが「ゾーンに入る」というのはきっとこういうことを言うのかもしれない、とほとんど運動をしない私でもそう思った。
夏のライティング・ゼミの受講と課題提出が12月に終わって、しばらく書くことをお休みすることにした。もちろん普段のブログなどは更新しつつも、日常を「ネタを見つけるための生活」とするということからは離れた。

するとどうだろう? 

締め切りから解放されて少しは気持ち的に晴れ晴れとするのではないかと思っていたけれど、退屈で仕方がない。正直つまらないのだ。インプットしてもアウトプットすることをしないと、自分の中で感情の便秘を起こすようになってしまう。そんなことが自分に起こるなんて思ってもみなかったけれど、実際に起こってしまった。これは、私の2つ目の扉が開いた、と確信した瞬間でもあった。

人が何か目標を持つということ。それは、一般的には「未来を見る」ということをイメージするかもしれない。でも実はそうではなくて、「今」を見ることではないかと最近思い始めている。目の前にあること(=書くこと)に集中して行うことは、つねに次の扉を開けるきっかけを作ることになるのではないか。

私は、ライティング・ゼミの結果が良くても悪くても次の上級コースに進むことを決めていた。「人生100年時代の作家になる」という目標は今でも変わらないけれど、大好きな「書く」という行為、ネタのために日々の生活を送るということを思う存分楽しみたいと思っている。

2月は私にとって特別な月だ。

先日、昨年亡くなったいとこの1周忌の命日だった。きっとあちらの世界でも幸せで、誰にでも愛される存在でいるんだろうと思う。そのことを思うと、私も少しだけ幸せな気持ちになる。それが1年という時間の流れだ。そして、私は今、こうして次のコースの試験を受けている。いろんなタイミングが合わなくて結局2月になってしまったけれど、これもきっと偶然ではなくて必然でやっぱり今じゃなきゃいけない理由があったのだと思う。今、その理由はわからなくても、きっといつかわかる時が来るはずだ。

私にとって、いつも何か新しい扉が開くのは、2月だ。
この1年で開いた2つの扉は私の中でも特に忘れられない扉だった。
その扉は、自分で開けたのか、神様が開けてくれたのかはわからない。なぜなら、人は、自分の生きる道を自分では決められないからだ。もちろん、意思を持って行動することはできる。だけど、人生には多くの伏線があり、それが最終的にどこにどうつながっていくかは、本当にわからないのだ。

だから、私はそのたくさんの伏線の回収は神様に任せようと思う。
私が今やるべきことは、また新しい扉が開くよう、目の前のことに集中することだ。

同時に今年は時代も変わる。
人が決めた時代の移行のはずなのに、なぜか終わりと始まりが自然に行われている。
そうやって、私たちもまた移り変わり、新しい扉の向こうに行くことになる。

私にとって、書くことは生きることだ。
だから、「人生100年時代の作家」という3つめの扉が開くことを心のどこかで信じて、私はまた書いていこうと思う。

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