秋の訪れ

加奈子は、仕事帰りに普段と違う道を歩いていた。秋の日は短く、既に辺りは薄暗い。オフィス街から少し離れた住宅街を抜ける道は静かで、落ち葉が散乱している。冷たい風が頬を撫で、乾いた葉がかさかさと音を立てた。

「ここ、通ったことあったかな……?」

新しい道を探すのは、少し冒険のつもりだった。だが、何かが引っかかる。いつの間にか道が狭くなり、家々も古びたものばかり。道端の樹々は葉を落とし、地面に溜まったそれらが妙に湿っていた。

突然、足元で「くしゃっ」と大きな音がした。加奈子は驚き、反射的に周りを見回したが、誰もいない。

「ただの落ち葉だよね……」

自分に言い聞かせ、急ぎ足でその道を抜けることにした。背後から微かな音が聞こえたが、振り返る勇気はなかった。

次の日、加奈子は仕事場に着くとデスクに奇妙なメモが置かれていることに気づいた。「昨晩通った道には気をつけろ」とだけ書かれたそのメモは、彼女が誰にも話していないはずの帰り道について警告していた。

「誰がこんなことを……?」

彼女は不安を抱えたまま、仕事に集中しようとしたが、どうにも気が散ってしまう。昼休みに同僚の美咲にその話をしてみたが、彼女は笑って取り合わなかった。

「まあ、よくあるイタズラだよ。気にしすぎじゃない?」

だが、その夜も同じ道を通ると、さらに違和感が強まった。落ち葉の上を歩く度に、背後から誰かがついてくるような足音がする。振り返っても誰もいない。しかし、道の角を曲がった瞬間、前方に人影が見えた。

年老いた女性が、道端の木の下で何かをしていた。彼女は地面に手を伸ばし、落ち葉を拾っているように見えた。

「こんな時間に一人で……?」

その女性に近づくと、彼女が拾っていたのはただの落ち葉ではなく、古い写真だった。まるで長年土の中に埋もれていたかのように汚れ、擦り切れている。加奈子は思わず声をかけた。

「何をしているんですか?」

女性は加奈子を見上げ、口を開いた。

「彼らが帰ってくる。いつもこの時期にね……」

その言葉に寒気が走った。加奈子はその場から離れたいと思ったが、女性の言葉が続いた。

「落ち葉は、人の想いを引きずるものだよ。見たくもない記憶が、また現れるんだ……」

その夜、家に帰っても女性の言葉が頭から離れなかった。加奈子は自分の人生を振り返り、忘れていたつもりのことが蘇ってくるのを感じた。両親との些細な喧嘩、かつての恋人との辛い別れ――それらが鮮明に思い出されたのだ。

そして、ふと気づいた。毎年秋になると、彼女は決まって過去のことを思い出し、苦しい気持ちになることがあった。だが今年は、それが例年よりも強く感じられる。

翌日、意を決して再びあの道を通ることにした。もしも過去の想いが何かの形で呼び戻されているのなら、その理由を確かめなければならない。

道に差し掛かると、昨晩の年老いた女性はもういなかった。しかし、落ち葉はさらに積もり、その上にまた何かが落ちている。加奈子は恐る恐るそれを拾い上げた。

古びた写真。そこには幼い頃の自分と、かつて失った友人が映っていた。長い間忘れていた記憶が、胸を締め付けるように蘇ってくる。

「どうして……?」

涙が溢れた瞬間、風が強く吹き、落ち葉が舞い上がった。そして、彼女の耳元で静かに囁く声が聞こえた。

「忘れてはいけない……」

その瞬間、彼女は悟った。秋は、過去を振り返り、自分と向き合う季節。落ち葉に囚われるのは、誰しもが抱える心の重荷なのだ。そして、それを逃げずに受け止めることでしか前には進めない。

加奈子はそっと写真をポケットにしまい、歩き始めた。

加奈子は写真をポケットにしまい、静かに歩き始めた。秋の冷たい風が吹き抜ける中、彼女は胸の奥でざわめく感情を整理しようとしていた。写真に映る友人、沙織のことがどうしても頭から離れない。

沙織は小学校時代の親友だった。二人はいつも一緒に遊び、秘密を共有していた。しかし、ある秋の日、沙織は突然姿を消した。理由はわからないまま、彼女の家族は転居してしまい、それ以来、加奈子は沙織と再会することはなかった。

あの時、何かできたはずだった。もっと彼女と向き合っていれば、何か違っていたのかもしれない。そう思いながら、加奈子は年を重ね、沙織との記憶は少しずつ曖昧になっていった。それが今、突然蘇り、心の中で深い後悔と共に渦巻いている。

「これが落ち葉の囁きってことなの……?」

彼女は無意識に呟きながら、自分がまたあの公園に足を向けていることに気づいた。大きな樹々が茂り、足元にはたくさんの落ち葉が敷き詰められたその場所――そこで加奈子はかつて沙織とよく遊んだ。あの頃の笑い声が、今は遥か彼方に感じられる。

公園に着くと、落ち葉がまるで加奈子を誘導するかのように足元で揺れていた。冷えた空気の中、風が強まり、葉がひらひらと舞い上がる。その瞬間、彼女の目の前に見覚えのある姿が現れた。

沙織だ。

だが、それは彼女の知っている沙織とは違った。沙織は薄ぼんやりとした影のように佇み、どこか哀しげな表情を浮かべていた。加奈子は驚きと恐怖を感じながらも、彼女に向かって一歩踏み出した。

「沙織……?」

影のような沙織は、何も言わずに加奈子をじっと見つめていた。彼女の瞳は、言葉にできない訴えを含んでいるようだった。加奈子は過去の罪悪感が胸を締め付けるのを感じながら、口を開いた。

「ごめんね……あの時、何もできなかった。あなたがどうしていなくなったのか、聞きたかったのに……逃げてしまったのは私の方だったんだ。」

風が止み、公園は不自然なほどの静寂に包まれた。沙織の影は、少しだけ微笑んだように見えた。そして、その瞬間、彼女の姿は薄れていき、風に乗って消えていった。

加奈子はただ立ち尽くし、胸の中に広がる静かな感情を感じていた。過去の沙織への想いと後悔が、ようやく浄化されるような感覚だった。

その瞬間、再び風が吹き、落ち葉が舞い上がる。加奈子は足元に目をやると、そこには沙織と自分が一緒に写っている写真が落ちていた。加奈子はそっとそれを拾い上げ、微笑んだ。

「ありがとう、沙織……」

写真を胸に抱きしめ、加奈子は過去と和解したことを感じた。彼女はゆっくりと歩き出し、もう振り返ることはなかった。秋の冷たい風が吹き抜ける中、加奈子は新しい未来に向けて一歩一歩進んでいった。公園の木々が、まるで彼女を見送るかのようにざわめいていた。

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