たまに振り返って、歩いて
外に出ると雨はもう止んでいた。九月に入って夜はよく冷え込むようになった。カーディガンを羽織ってローソンに向かうと、肌寒い風が身体をさあとすり抜けていった。
歩く道すがら、スマホを取り出して加奈子にメッセージを送る。
「風が涼しい。散歩が気持ちいいよ」
加奈子と付き合ってから三ヶ月が経つ。散歩が好きな加奈子はよく、今時期ぐらいが好きだと話す。しばらく散歩を続けようとローソンを素通りして歩く。路地に入って、住宅街の中を縫うように歩く。夜十一時。電気の消えた家も多く、心地よい静けさと暗さに浸りながら、歩く。
加奈子からの返信は三分と経たずにきた。
「私も今散歩してた。合流する?笑」
加奈子が一人で暮らす部屋は、僕の家から電車で一駅。歩いていける。大通り沿いだから平気だと、加奈子は時折夜中でも一人で会いに来る。
「じゃあ僕がそっちに行くよ」
そう返信をして、スマホを閉まった。
加奈子の家に向かう大通りに出るために右に曲がる。ふと、加奈子と付き合う前、二年ほど前に付き合っていた人が脳裏をよぎった。あの頃は、僕がよく家に行ったっけ。
あまりに懐かしい記憶に思わず立ち止まって、深く息を吸った。暗くて静かな住宅街。見るとその暗さの中、住宅の玄関先で赤い花が咲いていた。その花の鮮やかな赤を、僕はよく覚えていた。二年前の僕が、彼女と会う幸せを抱きながら毎日のように見ていた花だった。浮ついた心で、つい花の名前を調べたりしたものだった。
「懐かしいな」
呟いて、歩きはじめる。
加奈子は、毎日見るものがあるだろうか。僕をつい思い出してしまうもの。
これから僕はもっと、加奈子に会いに行こう。この赤い花の路地を通って。