一月の二人
「うーさむいー」
「暖房つけるから、効くまで布団にでも潜ってな」
帰るなり文句を言う未来に、僕が言う。
コートを二人分。かける場所がないから、カーテンレールにハンガーをかける。
ストーブをつけると、ブブッと音がして中で小さな火がついた。
上着がないことでの身体の軽さ、ゆっくりと部屋が暖まっていく時間、外の喧噪が遠のく空間。テレビをつけると、聞くでもなく音が心地よく静寂を埋めた。
「布団もつめたいー」
一度寝室に行った未来が、ひょこひょこ歩いて戻ってきた。床が冷たいらしく、かかとだけで歩く。なんだかペンギンみたいだ。
「こたつもまだ冷たいよ」
「同じ冷たいならこーすけがいる部屋がいいー」
そう言いながらもぞもぞとこたつに潜る。
「もっと言って」
「だーめー、今ので最後ですー」
ちぇっと返して、台所に向かう。シンクに置かれたふたつのマグカップ。出かける前に飲んだコーヒーが、黒く膜のようにへばりついている。
マグカップはいつもより丁寧に洗った。手を拭きながらこたつに行くと、未来はこたつ布団をめくりあげるように身体にかけて座っていた。
「未来、熱が逃げるからやめなさい」
叱る。
「わー、でたでたいつもの。だって寒いんだもん」
未来の屁理屈も「いつもの」だ。
「一家事終えた俺が寒い思いをするだろうが」
「そいつは大変だ。ささ、こたつに潜ると良いよ」
何度繰り返してきただろうか。息をするように、生活の必需品のように、大切なシーンに思えた。
「それにしても、良い物件あってよかったな」
「そうだねー、不動産の人も優しかったし当たりだよ」
やっぱり未来のほうから空気が入ってきてスースーする。
「さてと。そろそろこーちゃんは眠くなるかな?」
未来がおどけて言う。
「お前を見送ったらな」
俺が返すと、未来は「だよね」と言ってへへっと笑った。
「お別れって苦手なのにな」
「俺もだよ」
「もう少し、暖まったら行くね」
「もう少し、暖まったら一人か」
ストーブがジジッと鳴る。静かな時間と、二人の空気と、こたつの暖かさ。全部同じだと思った。こーちゃんと呼ぶ聞き慣れた声の心地よさも。
「ねえねえ、こーちゃん」
少しだけ湿っぽく聞こえる未来の声。
「なに、未来」
返事をして少しの間があって、
「今までありがとうね」
お礼があった。
なにも返せない。未来の顔は見ない。
「じゃあね、こーちゃん」
最後は少しだけ、明るい声だった。まるではじめて会った日のような。
お互い散々話し合って、けなし合って、すべて終わった後にこんな感覚になるなんて誰か教えてほしかった。
引き留めようとするダメな自分を、理性で押さえて、顔も見ないで最後に僕は
「じゃあね、未来」
それだけ返したんだっけ。