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夏の夢みる生活

 ベランダの窓を開けると、ムワッと重たい空気と一緒にくぐもった音が入ってきた。

「そういえば花火大会だね、今日」

 振り返って、ベッドで本を読む彼に言う。

「そうなんだ」

 ぺらっとページをめくる音。

「うん、なんか音、聞こえる」

「ほんとだ」

 会話の度に視線はこちらに向いて、そして数瞬の後で本に戻る。
 私はフローリングに座り込む。ヒンヤリしていて気持ちがいい。

「すげえ汗出る」

 彼が言う。暑いとは言わない。

「ごめんね、窓閉める?」

「どっちでもいいけど」

 言いながらも汗をぬぐうので、私は大人しく窓を閉めた。くぐもった音は聞こえなくなった。相当遠くの花火なのか、規模が小さいのか。
 エアコンはつけっぱなしにしているので、窓を閉めると部屋はすぐに涼しくなった。
 私はふと思い立ってパソコンをつける。インターネットサイトを立ち上げて、近くの花火大会を調べてみる。八月半ばの土日だからだろう、今日と明日だけで五つほどヒットした。

「ねえ、明日も三つくらいやってるよ」

「へえ」

「これ電車で二〇分くらいだよ、しかも、一万発だって。すごくない?」

「いいじゃん」

「ね」

 会話が止まった。数秒、沈黙が降りる。ぺらっとページをめくる音。
 私はその花火大会の詳細をスクロールして眺めている。
 素人くさい花火の写真を数枚通り過ぎて、昨年観に行った人のレビュー(二件しかない)を読むと花火大会のページは終わった。

「んー」

 小さく唸って伸びをする。立ち上がって、冷蔵庫を漁る。なにもない。そういえば、明日の朝はカフェオレとクロワッサンを並べたテーブルに二人座って「優雅で素敵な朝」にしようと密かに思っていたのにすっかり忘れていた。

「ねえ、明日の朝、パンでいい?」

 がらんどうの冷蔵庫に頭をつっこみながら彼に問いかける。

「いいよ」

「買ってくるけど、なにがいい?」

 冷蔵庫を閉めて振り返る。彼は栞代わりに指を挟んで本を閉じ、こちらに顔を向ける。

「なんでもいい」

「なにが好き?」

「別に、甘いのでもいいし」

「クロワッサンは?」

「ふつう?」

「じゃあそれにするね」

「はーい」

「じゃ、行ってきます」

 私が言うと彼は「いってらっしゃい」と少し詰まるように返した。彼はいつも言いづらそうに挨拶をする。
 外に出ると先ほどよりも涼しく感じた。
 ふーっと息を吐いて、サンダルをパカパカ鳴らしながら歩く。まだ花火大会は続いているようで、たくさんの花火が重なるようにドドドンドドドンとくぐもった音がしていた。
 花火会場にいる人の声はここまで聞こえてこないけれど、美しい花火の光景とそれを観る人々の楽しそうな顔が赤青黄色に照らされる様子は容易に想像がついた。
 コンビニで牛乳とクロワッサンを買う。一個包装のクロワッサンが売っているのがこのコンビニの一番の利点だな。そんなことを思いながら会計をすませて外に出る。
 花火大会もそろそろ終わるだろうか。携帯電話で時間を確認しながら歩く。心なしか花火の音もさっきまでより大きく聞こえる。
 牛乳とクロワッサンを入れたレジ袋を前後に振ってみる。ガッサガッサと雑に揺れる。テンションをあげて帰ろう。なんとなく寂しく思ったことがばれないように。

「ただいまっ」

「ん、おかえり」

 やはりぎこちない返事を聞きながら、サンダルを脱ぐ。ぺたぺたとフローリングを歩いて、買ってきた物を冷蔵庫に入れる。

「そいえばねー、さっきの花火大会まだやってたよ」

「そろそろ終わりじゃない?」

「たぶんね」

 また私で会話が止まる。なんとなく、私は会話を続ける。

「明日のは音聞こえないかな」

「さすがに遠いだろ」

「そうだよね」

 彼と話しながら、私の脳裏には何度となく思い描いた色鮮やかな花火がキラキラと輝いていた。

「来年は花火に行きたいな」

 去年も言った台詞をそっとぼやいて、私は彼にダイブする。わざとおなかに頭突きをいれて。

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