「獣の国」第1幕 第2場(ベエルシェバ商会)
ベエルシェバ商会
■ 東京都第四区四谷の交差点に建つ米国商工会ビル。
■ 飾り気のない扉には「Be'er Sheva」とだけある。
■ ダークグレーのスーツを着た女事務員は、扉が開けられたことに気付き振り向く。
(女事務員)お約束の方ですか
■ 濡れた外套も脱がずに男は呟くように話す。
(男)15時に とのことだったが
■ 部屋の奥からよく響く女の声。
(女の声)いらっしゃい
(女の声)ようこそベエルシェバ商会へ
■ 豪奢な黄金色の髪がひときわ目を引く年若い女が、大きな木製の机の向こうで立ち上がり微笑んでいる。
(女)ハリス大尉の紹介だったね
■ 事務的な口調と表情の女事務員。
(女事務員)身分証と経歴証明を
■ 身分証明書と経歴証明書を受け取り、女事務員は男の顔を見上げる。
(女事務員)…… 顔を確認させていただけますか
■ 男はサングラスを外し、口元を覆うストールを引き下げる。
■ これまで無表情だった女事務員の眉がピクリと上がる。
■ 笑顔で男に右手を差し出す黄金色の髪の女。
(女)サラ・ヴァイツマンだ
■ 窓の外、まだ雪が降り続いている。
■ 応接テーブルを挟んでソファに座るサラと男。
■ 経歴証明書を確認するサラの細くしなやかな指。
(サラ)北部方面隊から真紅護社の私兵への転身……
(サラ)おっと 請負人と呼ばなければいけなかったか
■ 悪戯っぽい表情のサラが男に問い掛ける。
(サラ)さて
(サラ)君の任務はカルトの連中かい?
(サラ)それとも……
(サラ)“亡国の神兵”か?
■ 答える男。
(男)…… 害獣被害への対処だ
■ サラ、ソファの背に身体を預ける。
(サラ)なるほど 公衆衛生セクションの実行部隊か
(サラ)それはそれで十分意義のあることだ
(サラ)下の人々にとっては 最も直接的な脅威だからね
■ 身体を起こし、組んだ脚の上に肘を乗せ、テーブルの上にぐっと身を乗り出すサラ。
(サラ)予算は如何程かな?
■ 男はテーブルの上に束ねられた紙幣を置く。
(男)10,000ドルある
■ 片目を瞑り、然り、といった風に人差し指を立てるサラ。
(サラ)うん
(サラ)エンではなくドルがいいね
■ 両手の指を組み合わせ、サラが話を続ける。
(サラ)予算相応の装備を用意しよう
(サラ)まず被服だが
■ 女事務員がテーブルの上にヘルメット、フェイスマスク、ゴーグル、アサルトスーツ、タクティカルベスト、グローブ、ブーツを並べていく。
(サラ)予備も含め 指定がある物については真紅護社の仕様に合わせておく
(サラ)全ての装備に認識タグを付けることになるが 問題はないね?
(サラ)無線機は契約の時に渡されただろう?
(サラ)タグと同調させておくので預けておいてくれ
■ 男がゴーグルを手に取る。
(男)レンズはもっと暗い色にできるか?
■ 小首を傾げるサラ。
(サラ)?
(サラ)お勧めはしないが 承ろう
(サラ)次は火器だが…… メインはどうする?
■ 答える男。
(男)短機関銃だ
■ 再びソファの背に身体を預けるサラ。
(サラ)そうだね
(サラ)使い慣れているのはM16あたりだろうが 下では止めておいたほうがいい
(サラ)基本 閉所空間での超近接戦闘だ
(サラ)あの長さは邪魔にしかならんよ
(サラ)お薦めはMP5だが…… 君の予算ではちょっと厳しいか
(サラ)UZIはどうだ? 程度の良いのがある
■ 男が答える。
(男)それでいい
■ 問い掛けるサラ。
(サラ)サイドアームは?
■ 答える男。
(男)45口径を
■ 女事務員がサラに拳銃を渡す。
■ サラの手の中で鈍く光る大型の軍用拳銃。
(サラ)45口径か ならこれだ 使い慣れているだろう
(サラ).45ACPなら下でも手に入り易いしね
(サラ)対象からすれば9㎜より良いかもしれんな
■ 女事務員がテーブルの上にUZIを置く。
(サラ)ならば UZIも45口径仕様に変更しておこう
(サラ)その方が何かと使い良いだろう
(サラ)予備の弾倉は1本ずつ
(サラ)実包は50発入りを1ケース付けておく
(サラ)丁度いま手元に サンプルのUZI用ショルダーホルスターがあるから そいつも進呈しよう
■ 問い掛けるサラ。
(サラ)入域口はどこだ? 着任日は?
■ 男が答える。
(男)4日後
(男)この第四区の検疫所からだ
■ サラがふわりと立ち上がる。
(サラ)承知した
(サラ)着任日の前日までに 四区の真紅護社の事務所に届けておくよ
(サラ)その他 役に立つだろうモノも幾つか入れておく
■ ウインクするサラ。
(サラ)サービスだよ
■ 男は軽く頭を下げる。
(男)分かった 世話になった
■ 可愛らしい笑顔を浮かべ、答えるサラ。
(サラ)なになに 気にしないでくれ給え
(サラ)真紅護社はお得意様だ
■ サラが立ち去る男の背に声を掛ける。
(サラ)次は…… 最短でも4週後だったね
(サラ)是非ともまた我が商会に御用命を