「獣の国」第1幕 第24場(玃猿)
玃猿
■ 真っ直ぐ伸びた薄暗い通路の先から、ヒタヒタと何かがゆっくりこちらへ近づいてくる。
■ 皺の寄った狭い額。
■ 赤く小さな目。
■ 赤黒い汚れが付着した口は大きく開かれ、太く鋭い犬歯が覗いている。
■ 大きな頭部に不釣り合いの短躯は硬そうな体毛に覆われ、両腕は太く長く、大きな手には鋭い鉤爪が付いている。
■ 突然、低い位置から襲い掛かる獣。
■ 低く構えたイツァークが、左に避けながらナイフを斜め上へ跳ね上げる。
■ 獣の右顔を掠るナイフ。
■ 両者の立ち位置が入れ替わる。
■ ナイフを高く構えるイツァーク、ナイフを握る右の前腕部が切り裂かれている。
■ イツァーク、誘うかのように構えたナイフをすっと下げる。
■ 再び襲い掛かる獣。
■ 右に避けながら、左手で獣の左手首を握り、イツァークは獣の横腹に右手のナイフを突き刺す。
■ 両者の立ち位置が元に戻る。
■ 獣は左の横腹から血を流し、左手首から先が、力なくぶらりと垂れ下がっている。
■ 更に低く構えるイツァーク。
■ 獣が高く跳び上がり、上から襲い掛かる。
■ イツァーク、後ろに身体を倒す。
■ 獣の顎の下から後頭部に向かって、イツァークはナイフを突き刺す。
■ イツァークを越え、床に落ちる獣。
■ 獣の血で汚れた身体を起こし、獣を見下ろすイツァーク。
■ 俯せに倒れている獣の身体の下からは血が流れ、ピクリとも動かない。
■ イツァークは靴のつま先で獣の身体を仰向けに返す。
■ 獣の顎の下にはナイフが深々と突き刺さっている。
■ イツァークは獣から抜いたナイフを左の二の腕に擦り付け、血を拭う。
(イツァーク)(刃物を警戒しない……)
(イツァーク)(いや…… 大した脅威と見做していないのか……)
■ フェイスマスクを引き上げ、獣の死骸を見下ろすイツァーク。
(イツァーク)(玃猿…… 中国の伝説上の化け物の名で呼ばれるのも頷ける)
■ イツァークはナイフをベストに戻す。
(イツァーク)(単体ならともかく)
(イツァーク)(群れに囲まれたら あっという間に奴等の餌だ)
■ イツァークは、暗い通路の先に顔を向ける。
(イツァーク)(一匹ずつ静かに始末していきたいところだが……)
■ 短機関銃を手に、通路を更に進むイツァーク。
(イツァーク)(奴等のにおいが強くなる…… そして血のにおいも……)
■ 通路の曲がり角で、イツァークは身を隠しながら先の様子を窺う。
■ 道幅がやや広くなった先の通路の片側には、紺色の塗料が残る鉄格子の嵌った小部屋が並び、一番手前の扉だけが開け放たれている。
■ 短機関銃をショルダーホルスターに戻し、再びナイフを手にするイツァーク。
(イツァーク)(…… 牢屋か)
(イツァーク)(なるほど あの男が言ったとおりのようだ)
■ イツァークは、一番手前の扉が開いた小部屋に忍び寄る。
■ 小部屋の中をそっと窺うイツァーク。
■ ぼろぼろの服、人体の一部だったと思われる肉塊や骨が散乱する小部屋の中、獣が一心不乱に何かを喰べている。
■ 獣がその強靭な歯で噛り付いているもの、それは人間の男の頭だった。
■ 気配に振り向く獣。
■ ナイフが獣の眼窩に叩き込まれる。
■ ナイフの血を拭いながら、イツァークは獣の死骸を見下ろす。
(イツァーク)(一番のご馳走は自分の部屋で…… 良いマナーだな)
■ 小部屋を出て、薄暗い通路の先を見遣るイツァーク。
(イツァーク)(におい…… 足音…… 唸り声……)
(イツァーク)(この先に奴等の巣があるのだろう)
■ ゴーグルの下、イツァークの瞳が光を放つ。
(イツァーク)捜索し…… 奪還し……
(イツァーク)そして 滅殺する