「アナザーラウンド」(2020年)
マッツ・ミケルセンの超絶演技が本作の説得力を増している。
ぱっとしない人生を送っている高校教師マーティンとその仲間たちが、ノルウェーの哲学者スコルドゥールが主張している「血中アルコール濃度を常に0.05%に保つとリラックスした状態で気持ちを大きく持てる。体中に力と勇気がみなぎってくる」という説を実証すべく、アルコールによって、仕事の効率と意欲が向上するか調べる実験をするというもの。要するに軽く酔っ払った状態で仕事をするというもの。
やってみると、なかなかうまくいき、退屈な授業しかできなかったマーティンも、生徒たちを虜にするような教師に変身する。彼の仲間たちもそれぞれの職場でめざましい活躍をみせる。
しかしやはりアルコールを飲み続けるという日常がそのまま続くわけもなく、徐々に依存症のようになり、社会生活にも支障が出てくる。
こうして書いてみるとばかばかしい映画に感じられるかもしれないが、最初に書いたように主演のマッツ・ミケルセンがものすごい演技を披露する。物語の前半で友だちの誕生祝いのシーンがあるのだが、物思いにふけりながら友だちとの会話に加わっていたミケルセンがワインを口にしたとたん、なにかが決壊したかのように涙を流すシーンで、一気に引き込まれていく。
誰がつけたのか、ミケルセンには「北欧の至宝」などというキャッチコピーがついている。安っぽいネーミングだと思っていたのだが、本作を観ていると、たしかに名優と呼ばれるのは間違いがないところだ。「北欧の至宝」というキャッチコピーはやっぱり気に入らないが。
人生の幸福のためにアルコールを飲み続ける男たち。その試みは人生の悲哀を招くのだが、それでも彼らは失敗を受け入れ、人生を肯定しようとする。本作はあっけらかんとしたコメディでもないし、アルコール依存を訴えるような教育的な映画でもない。そこにはうだつのあがらない男たちがなんとかして喜びや楽しみを自分たちの手で作り出そうともがく姿がある。むりやりポジティブにまとめるようなこともしない。ここにあるのは普通の人々の普通の人生なのだ。そこが本作のすばらしいところだと思う。