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【創作】紡ぎ手たちの物語
✦ この記事は、Skyアドベントカレンダー2023参加記事です。主催の書庫番さま、素晴らしい企画とお貸しくださった一枠に、心から感謝申し上げます
✦ Sky -星を紡ぐ子どもたち- の個人的考察・解釈をベースにした創作物語です
✦ ゲーム内のクライマックス・エンディング的シーンのスクリーンショットも含まれます。未プレイの方、ご注意願います
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ずいぶん永い年月が経ったというのに不思議と、
初めてこの空に墜ちてきた日のことを、
よく憶えている。
なにも知らず、なにも知らされず、
遺構から遺構へ、雲を縫いながら
彷徨った時の気持ちも。
世界は大きく、孤独は鋭利に美しく、
どうしようもなく立ち尽くしたことも。
君と友達になった日から、
ひとつずつ知ってゆく幸福も。
一緒に過ごすなんでもない毎日の穏やかさも。
全部鮮やかに、よく憶えている。
でも、僕たちの永い永い日々は、
優しくて美しいことばかりでは、なかったね。
たとえば、
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特別な場所が永遠に姿を変えてしまったこと。
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光らなくなったあの星の子の喋り方を、
思い出せなくなったこと。
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誰も照らせない闇に足が竦んだこと。
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拾い集めて、こんなにも傷だらけで進んだのに、
目が覚めればまた失っていること。
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いつも見知らぬ誰かから、
試されているように感じること。
僕たちは理由も知らずに痛みながら、
ここまでやってきた。
穏やかな日々の中にいたって誤魔化しきれずに、
遣瀬のない気持ちはずっと胸の中にある。
でも永遠にそのままじゃ僕は哀しい。
こころの落とし所をずっと探しているんだ。
だから、僕は今から、
僕たちがずっと諦めなかったものの話をしたい。
どうか、隣で聞いていてくれるかな。
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天から星が落ちてきた日、どうして星たちは、手足を持った姿になったか知っている?
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それは、拓くための、耕すための、積み上げるための、抱き締めるための腕だった。切り拓いて7つの地方を繋いで、隣人や家族と手を繋いで、精霊になっても星たちは、繋がり合う星座のままだった。
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草原や雨林までは、あちこちに星座の絵が描かれている。それは精霊たちが、まだ「自分たちは星座であること」をちゃんと憶えていたからだ。彼らにとって生き物たちも、同じ "世界という星座" を形作る、良き隣人だった。
マンタやクラゲの星座の壁画を、君と眺めたことがあったね。あの時僕は、「当時の精霊たちは、どんな気持ちでこれを描いたのだろう」って考えていた。
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きっと、君の手を握ろうとする僕と、同じ気持ちだったんじゃないかと思うんだ。
いっしょだからどんなことも楽しくて、いっしょだから世界は光り輝いて、君がもたらしてくれる恩恵以上に僕が与えてあげたいと、いつも願っている。
離れて身軽になることもできるけど、それでも自分が選んで君と手を繋いでいたいんだって、それは、祈りみたいに。
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ーーでも僕たちは可哀想なマンタに導かれて、「秘宝の環礁」を海の底まで探検し尽くした。だからあの場所や、もしかしたら王国中で起きていたのかもしれない生き物への搾取を知ってしまった。
愛着を込めた草原の星座とは正反対の、感情のこもらない環礁の壁画。ただ生き物を"材料"としか見なくなってしまったのだと、哀しすぎる歴史を突きつけられた。
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「隣り合いたい、繋がり合いたい」という気持ちを忘れることが出来るなんて、まるで嘘みたいに思うよね。でもきっと、大人になるということは、いっこずつ忘れていくということなのだと思う。歳を取って何を忘れたのか、失ったのか、きっと誰も憶えていないけど、こころに空いた穴は簡単に塞がったりしない。だから無意識にそれを埋めようとして、大人たちは、いろんなものを欲しがってしまうのかもしれないね。
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そうして忘れたもののなかに、きっと生き物たちへの愛や畏敬と、手の繋ぎ方があって、
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そうしてこころを埋めるため欲しがったもののなかに、きっと光とダイヤがあった。
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抱き締めるための、繋がるための腕は、奪うための、武器を持つための腕に変わった。繋がりが切れたら光は弱まって消えてしまうことすら、ダイヤが放つ輝きが眩しすぎて、精霊たちはきっと忘れてしまったんだ。
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彼らは死んだ。こころの中に、大きな穴を空けたまま。
でも自分たちは星座だったことも星だったことも忘れてしまっていたから、空へ還れない。煤にまみれた躰も哀しい記憶も大切な記憶も、行き場をなくして全部地上に遺ってしまった。
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きっと僕たちがやっているのは、「帰り道はこっちだよ」って、教えてあげるということ。
精霊のこころの穴を炎で照らせば、彼らが何を失ったのかがよく見える。喪われた精霊たちが見せてくれた感情や持ち物を預かって、記憶と手を繋ぎながら、雲を抜けて山も越えて空まで一緒に飛んでいく。全てが星座だったころの神話と空への帰り道を、思い出せるように。
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――でも、そんな綺麗ごとだけじゃ、哀しくて納得できないことはたくさんある。
君が「原罪」に取り残される哀れな星の子たちを見つめながら、「どんな意味があって、こんなにもみんな傷つくんだろう」って泣いていたこと、ずっと憶えているよ。苦しそうに胸の中から羽を引き出して、石化する子たちへ宿していく君の奥で、赤い赤いダイヤが、泣き喚いていた。
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あの時、「もう君が悲しむところを見たくない」と思った。「大昔に死んでしまった精霊たちのことなんて知らない、いま生きている僕たちの為に、もうこんなところなんか来るものか」って。
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それでも。どうしてか僕たちはあの場所へ、何度だって戻ってきたんだ。
数え切れないくらいに、哀れな石化している星の子たちを救って、代わりに死んで、そしてたった独りで膝を抱くあの子を抱きしめた。
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僕たちは大人じゃないから難しいことは分からない。こんな毎日が、本当に正しいのかどうかも。
だけど「傷ついたまま待っている子がいるのなら、手を差し出さなきゃ、手を握り返さなくちゃ、抱き締めなくちゃ、また世界は悲しい事を繰り返すんじゃないか」って気持ちがわいてきたんだ。漠然と、でも、これはたぶん確信だった。
”子どもだから憶えていること” から、きっと目を逸らしちゃいけないって。
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僕の手を引く君の背中や、記憶を見つめる眼差しが、いつも僕にそう思わせる。
この旅のゴールは痛みと死で、そして同時に、そのゴールはまた次の死へ向かう旅の始まりでもある。そんな毎日でも、僕たちは懸命に繰り返す。
僕は、僕たちはみんな、きっと「いっしょに」幸せになりたいと願っているから。
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ついこの間のことだ。
「空への還り方を教えてあげたのに、次は『地上への帰り方』を教えろなんて、あいつら我儘だな!」って、生き生きした精霊で溢れる花鳥郷を見ながら、憤慨していた君が可笑しかった。
僕もそう思う。でも、少しほっとしている自分もいるんだ。
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大人になって大切なことを忘れて、奪って、滅んだ彼らも。子どもの僕たちに導かれて、大昔に失った大切なことを思いだしたのかもしれないと感じたからだ。
でもどうして死んだ精霊たちが、日常の続きのようにここへ戻ってきたのか――もしかしたら、
"こころの穴を埋めることが出来た星" だけが、天と地上を行き来できるのかもしれないね。
躰を失って魂だけになったとしても、みんなと繋がっていることを思い出せたなら、きっとゆく道も帰る道もそれを辿って行けるから。
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でもね。どれだけ前向きに考えようとしても本当は、僕たちがいちばん最初に落っこちた、何もなかった家が変わっていくのは、正直とても寂しいんだ。訳も分からずそこヘやって来て、集まった子どもたちで、あの慎ましく侘しい場所を「ホーム」と呼んだ。あの時、拠り所を探していた僕らのこころも、あそこへ置き去りになるような気がして。
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それでも、「どんなに苦しい思いを繰り返しても、なにも変わらないのかも知れない」とずっと思っていた僕たちの目の前で、花鳥郷は目を覚まして、息を吹き返した。遠い昔に死んだ精霊たちにさえ、もう一度故郷と呼ぶことを赦す穏やかさで。
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記憶なのか幻なのか現実なのか分かりもしない他の地域と違って、此処はちゃんと生きている。この隠れ郷の蘇生で、「小さな僕たちの毎日がちゃんと世界を動かしているんだ」とはじめて実感した。
だから、寂しい気持ちも抱き締めたまま、僕たちは僕たちをたくさん褒めてあげられたらいいなって、今はそう思っているよ。
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僕のながいながい独りごとを、静かに聞いてくれてありがとう。いつも考えすぎなんだって、呆れられても仕方ないね。
でも、君と友達になったあの日から、毎日の幸せにも、苦しみにも、理由を考えずにはいられなかった。君がいたからいろんなことを考えたんだ。この物語が正解でなかったとしても、それはどれも宝物になって、いつも僕のこころの内側に満ち溢れている。
――最後にもうひとつだけ、変に思われるかもしれないけど、聞いてくれる?
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僕、あの希望の番人という子に、会ったことがある気がしているんだ。遠い遠い昔に。
君が友達へ手を差し出すとき、その手をひいて進もうとするとき、胸がぎゅう、となることはない?
その胸の痛みは、僕たちが一度、手の繋ぎ方を忘れてしまった事があるからじゃないかと思うんだ。
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……精霊たちが生きていた時代、あの時、僕たちはひとりの精霊だった。
いま亡骸となって石化する精霊たちと一緒に、当時の王国に生きていた。
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でもその精霊は、大切なことを忘れて後戻りできないことをしてしまう。そして何か、とても恐ろしくて不吉なことが自身に起こった。
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その精霊は――僕たちは、体が砕けてばらばらになって、巻き起こった嵐が王国を包んだ。
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その時、終わっていく王国の中心で。あの希望の番人だという子が、泣いていた僕たちの傍にいたような気がする。
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星屑みたいにばらばらになった僕たちがここへ墜ちてくる前の、永い永い年月の間、そういう夢を見ていたように思うんだ。
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馬鹿げた話かもしれないね。
でも、石化して蹲る精霊の亡骸をみたときに感じる痛み、
崩れ落ちそうな廃墟に感じる懐かしさ、
誰もいない街の灯りの淋しさ、
「原罪」というものは自分や星の子たちに
宿っているんじゃないかって感じていたり、
その奥で膝を抱くあの子が自分によく似ていたりとか、
そういうものに触れるたび、その夢を思い出すんだ。
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夢の中で見たその特別な精霊を、きっと自分に投影している。
美しく哀しい王国がこうなったのは自分のせいだと泣きたくなるようなときがあって、なぜだかいつも生き物や精霊たちに、「ごめんね、忘れてなんかいないよ、助けにきたよ」って、そう思ってる。
この路を巡ることはこんなにも苦しくて恐ろしいのに、それを「使命」と呼んで、けして辞めたりしなかったのは、そういう根拠のない理由もあるんだ。
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僕がずっと考えてきた物語は、これで終わり。
こんな話を笑ったりしない君のことが、
いつだって、とてもとても大切なんだ。
約束するよ。
僕は君と隣り合うひとつの星だってこと、
星座みたいに繋がり合って輝いているんだってこと、
絶対に忘れない。
世界が姿を変えていったとしても、
また誰かが王国を始めようとしたとしても、
僕たちが大人になったとしても、
もうここで会えなくなってしまったとしても、
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けして忘れない。それを紡いでいけたなら、きっと、今度こそ僕たちの星座は永久になるはずなんだ。
いつかみんなで、いっしょに、ここで幸せになろう。
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いつの日も幸福でありますように