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紅い月がのぼる塔/2.紅い月

「離して……!」

 こめかみに重苦しい痛みを感じながら、マヤの意識はいたずらに目覚めた。朦朧とした身体に鞭打ち、モリの纏う薄汚れた一枚布を掴んだ。

 彼女は骨の当たる小さな肩に担ぎ上げられていた。まさか、彼にこんな力があるなんて。にわかに信じがたいことだった。

 跳ねる腰を片手で締め、もう一方で臀部の膨らみを押さえつける。まるで、物のように扱う粗野な行為は、性差のない未熟なものに感じた。

「駄目、駄目」モリはそれだけを繰り返し、足を刺す針の痛みに苛だちを感じ始めた。

 辺りは闇だった。岩に打ちつける波音のみが反響し、不安感を増大させる。

 華奢な背中に両手を突っ張ったマヤは、漸く半身を起こした。そして、取り巻く闇夜を見回した。

 次には悲鳴を上げていた。

 モリが歩んでいたのは、限りなく道幅の狭い崖淵。眼下に渦巻く暗い海底が、大きな口を開けて待っていた。

「下ろして……」

 左右に傾ぐ恐怖と闇。混沌とした意識と無意識の狭間に射す光。

 それに導かれたマヤは、黒波の水平線に浮かぶ、紅く淫猥な光を放つ不気味な満月を見つめた。

 血がたぎる。そう錯覚させるほど、完璧な円を描いた月に魅了され、胸の高鳴りを感じた。

 月の近い場所。荒れた潮がうねる岸壁。ここは……。

 振り返った。そして、崖の頂上に聳える、鈍色の鋭利な城に驚愕した。

 紅光に半身を照らされた月の塔。全身に絡みつく蔦に悶え、退廃的な姿態を闇夜に晒す。苔生しそそり立つそのモノに、マヤの身体は強く突かれた。

「いやぁ!」

 モリの背中を殴りつけていた。夢の中の凌辱に似た、嫌悪と快楽。入り乱れる羞恥に、力の限り抵抗した。

「離してよ!」

 無我夢中に暴れる彼女を、モリはとうとう苛だち混じりに放り出した。

「駄目!」その身体に馬乗りになり、口と額を両手で押さえつけた。

「魔女、助けて」蒼ざめた唇からしきりに零す。

 視点は宙を彷徨い、正気を失っているようにも見えた。もはや、彼女の唸りすら届かない。

「助けて、魔女……」

 暴れれば暴れるほど、手の平を強く押しつけた。マヤは阻まれる呼吸に、このまま死んでしまうと思った。

 ここで行方知れずになっても、誰も探す者はいない。それが、孤独を選んできた代償。この呆気ない最期も、生まれた時からの宿命なんだ。諦めに似た感情が湧いた。

 彼女の上に影が落ちていた。呪われた形相で覆い被さる少年。その背後にそそり立つ、寒々しく淫靡な月の塔。

 夜露で光る先端を見つめながら、彼女は再び、暗闇に堕ちて行った。

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