一/レージフリーク
響はビールグラスを片手にライブハウスの二階から身を乗り出していた。地明かりのついた一階のステージでは、前座のバンドが演奏を始めている。その背後には、白いホリゾント幕が下り、バンド名が薄く映し出されていた。
ライブハウスといえど、その収容人数は全国でも一、二を争い、立ち見の客でほぼ満員となっていた。彼らの多くは、黒いレースが特徴的なゴシック調の衣装に身を包み、強めのメイクと鮮やかな髪の色で、自己主張をしている。
拓也はすでにステージの袖で準備をしていた。関係者席に取り残された響は、初めて味わう美しくも退廃的な空気感に呑まれていた。
興味があったのは、麗次の素顔だった。拓也の写真に収められていた彼は、他のどのモデルよりも自然で魅惑的だった。その長い睫毛の下に隠れた透明な影が、今も心から離れない。それが憧れからくるものなのか、彼自身、未だに分からなかった。
照明が消えた。同時に場内からは凄まじい歓声が上がった。腹の底を抉る重厚なインストルメンタル。まるで闇の渦が薄いガラスを砕くような、繊細さと混沌が同居した振動。ホリゾントに映し出されたメンバーの映像に、悲鳴は最高潮に達した。
レージ。リュウ。その二つの名が席巻していた。闇に下りた薔薇と茨の装飾を縫い、 <Etarnal Black> の文字が浮かび上がる。スモークの漂う空間。両サイドからは、紫の照明が回転を始めた。
ステージ中央から、徐々にせり上がる十字架。その元にしなだれかかる人影に、観客の波がうねった。
突如、シャウトが響いた。その人影は十字架に身体を這わせ、魂の咆哮を放った。
高階麗次。響は二階の手すりから、更に身を乗り出した。
「女……?」
黒革のドレスに身を包み、むき出しの両腕に長手袋をした麗次。胸元には首から垂れた束縛の鎖が輝き、乱れた直線的な髪の下から、黒く縁取る濡れた両目が瞬いた。ワインレッドの唇が割れ、艶やかな歌声が響く。
細かな星屑が舞い上がった。それらは光を呑み、凍る砂の如く降り注ぐ。そこに佇んだ彼は、地上に堕ちた美しい堕天使のようだった。
響はその幻惑にたちまち魅せられた。彼の濃厚な歌声は鼓膜を愛撫する。楽器の旋律がそこに混ざろうと、一曲を終えるまで、それだけに耳を奪われた。
麗次は七色の歌声を持っていた。中性的で華奢な身体から、歯切れの良い、力強く淫猥な残響が溢れる。それに反して、沁み入る伸びやかなファルセットを巧みに操り、あらゆる世界を意のままにしていた。
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