医療従事者が、働く意義が薄くなったと感じたら考えてみてほしいこと
「仕事が楽しくない」
「なんのために働いているんだろう」
「この仕事向いてないのかな」
こんな思いをしながら働いている新人の医療従事者は多いと思います。
僕は理学療法士というお仕事を6年ほど続けていて、1〜3年目ぐらいまで同じようなことを考えたことがありました。
当時の自分や後輩、そして今現在同じことで悩んでいるリハビリ職の方々に向けて、「あの時こうしておけばよかったな」「あの時の経験が生きているな」と思ったことを書いていきたいと思います。
ちょっとだけ先輩の戯言です。なんとなく聞いていただければと思います。
自分の治療に何も自信の持てなかった1年目
まず、1年目は挫折の連続でした。
何をやってもうまくいかないし、先輩からは怒られてばかり。
おまけに仕事も遅いから帰りも遅く、何もかも投げ出して仕事を辞めてやりたいとずっと思っていました。
ありがたいことにとある出来事がきっかけで辞めずに済みましたが、それがなければ今どうなっていたかわかりません。
これでいいのかなと危機感を覚えた2年目
先輩の手が離れて自由度が増した2年目。
怒られる機会は減りましたが、その分期待値も上がり(勝手に思っていただけかも)、プレッシャーも増えたような気がします。
後輩ができ、後輩よりできていないといけないと当時は思っていました。が、やっていることは1年目と同じじゃないかな?と当時の自分に自信が持てませんでした。果たしてこれは正しいのか。、毎日そんなことを思いながら臨床をしていました。
このままだといけないと感じ、転職に踏み切った3年目
3年目になり、いよいよ任される業務が増えてきました。そのせいかわかりませんが臨床業務への意識が減っていて、自分の成長が止まっていると感じた年でした。
このままでは、よくある年次をたどり、理学療法士としてなんの魅力もない人生を送ってしまうのではないか。なんてよくわからない不安が襲ってきて、このままではやばいと思って転職しました。
それまでは、仕事をしていて何も楽しくなく、本当に患者さんのためになっているのか、なんのために仕事をしているのか、そんなことを考える毎日でした。
と、今考えればよくある経過を辿ってきたように思います。
特に、自分のやっていることが本当に正しいのかわからないと感じている人は、医療従事者以外にもいるのではないでしょうか。
そんな方に向けた、ちょっとだけ前に進むかなという対応策を挙げてみたいと思います。#当時の自分にも向けて
①どんな治療をしたらいいのかわかっていない
理学療法士はエビデンスに基づいた治療が大事になってきます。
例えば…
変形性膝関節症の人工関節置換術後に入院してきた患者さんがいるとして、まずやることはなんでしょうか。
可動域測定、筋力測定、動作分析、バランス検査、などの評価でしょうか?
もちろんそれも大事ですが、もっと大事なことがあると思います。
それは、「その人にとって必要なことはなんなのか」だと考えています。
究極いってしまえば、歩く必要はない。車椅子の生活でいいんだという人に対して歩行練習は不要なわけで、そしたら移乗動作の練習や立ち上がりの練習を中心に実施すればいいということになります。
機能評価を行うのはその後でいいわけです。
②治療の取捨選択ができていない
じゃあ、患者さんに必要なことがわかった後にどうしたらいいのか。
そこで初めて機能評価が出てくると思います。
例えば、上記で挙げた、車椅子に乗れればいい患者さんをAさんとして
Aさんの移乗動作を評価しよう→上手く離殿が行えていないな
というところまで分かったら、
じゃあ膝関節の可動域を測定してみよう、筋力を測定してみよう、となるわけです。
治療に悩む、自信が持てないという人は、ここの過程をすっ飛ばしている人が多いように思います。#過去の自分も含めて
変形性膝関節症の人がきた→とりあえず膝関節屈曲の可動域練習をしよう、苦アドセッティングをしよう、など。その人を人ではなく疾患で捉えてしまってはないでしょうか。
自分はこの人のために何ができるかな
この人が必要としていることはなんだろうな
そんなことを考えんながら臨床に臨むと、何かが変わるかもしれません。
この記事が、読んでくださった方の何か変わるきっかけになれば嬉しいです。
お互い頑張りましょう。
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