子供を持ちたいと願うすべての人のために。スタートアップと大企業ができることとは?
妊活支援サイトを運営するファミワンと産婦人科分野の遺伝子検査会社Varinosは、妊娠率向上に役立つ検査キット「腟内検体採取式 子宮内フローラCHECK KIT」を共同事業化しました。またその取り組みを、Plug and Play Japanの企業パートナーである株式会社電通が社内横断プロジェクト『Femtech and Beyond』の一環としてサポート。アクセラレータープログラムをきっかけに出会った3社が、どのようにして協業に至ったのかを対談形式で伺いました。
(左から:ファミワン石川さん、Varinos長井さん、Varinos桜庭さん、電通奥田さん、Plug and Play Japan 岩崎)
<登壇者プロフィール>
石川勇介(株式会社ファミワン)
慶應義塾大学経済学部を卒業後、医療従事者向け情報提供等を行う株式会社エムスリーなどを経て、自身の妊活で強く感じた課題を解決するため、2015年に株式会社ファミワンを創業。妊活・不妊治療の専門家によるLINEを活用したパーソナルサポートサービス「妊活コンシェルジュ ファミワン」の提供と、小田急電鉄などの企業への福利厚生導入、神奈川県横須賀市などの自治体提供などを実施。テレビドラマ監修や東京大学との臨床研究なども行う。
長井陽子(Varinos株式会社)
2011年に東京大学大学院で薬学博士を取得後、独立行政法人産業技術総合研究所および東海大学医学部にてゲノム解析や変異データベース構築に携わる。2014年にイルミナ株式会社に入社、ゲノムデータ解析講習会の立ち上げ、遺伝性疾患パネル・アジア人用アレイの開発などに関わる。2017年Varinos株式会社を設立、取締役に就任。国立成育医療研究センター研究員、日本バイオインフォマティクス学会理事。
桜庭喜行(Varinos株式会社)
埼玉大学で理学博士を取得後、理化学研究所ゲノム科学総合研究センター、米国セントジュード小児病院等にてゲノム・遺伝子関連の基礎研究に従事。2011年にGeneTech株式会社に入社、日本に初めて新型出生前診断(NIPT)を導入した。2014年にイルミナ株式会社に入社、産婦人科分野の遺伝学的検査(NIPT、PGT-A)の市場開発に携わる。2017年にVarinos株式会社を設立、代表取締役に就任。
奥田涼(株式会社電通)
カリフォルニア州立大学コミュニケーションデザイン専攻・コンピュータサイエンス副専攻卒業。株式会社アクセンチュアを経て、2010年より株式会社電通にてマーケティングコンサルティング、ブランディングコンサルティングに従事。クライアント新規事業領域でのビジネスクリエーションプロジェクトに多く参画。Dentsu JAM!メンバーとして共創テーマのプロジェクトを手掛け、複数社でのイノベーションを推進。
モデレーター:岩崎誠司(Plug and Play Japan株式会社)
撮影:Plug and Play Japan株式会社
きっかけは課題意識の共有。「妊活」はもっとオープンに語られるべき大切なトピック
ーーこれまでオンラインでは何度もお話ししてきましたが、リアルにお会いするのはみなさんほぼ初めてですね。まず簡単な自己紹介をお願いできますか?
奥田:私は電通の京都ビジネスアクセラレーションセンターという部署に所属していて、事業会社との事業開発系のプロジェクトを数多く担当してきました。過去にもクライアント企業とのオープンイノベーションプロジェクトでいろいろなスタートアップと協業してきましたが、電通が手掛ける事業共創拠点であるengawa KYOTOがオープンしてからは、Plug and Play KyotoのHealthプログラムを通じて、ヘルスケアに特化したスタートアップ企業との連携を強化してきています。
桜庭:Varinosはゲノム・遺伝子関連の臨床検査会社で、全く新しい臨床検査サービスを開発・提供しています。日本のゲノム検査が発展していないのをもどかしく思っていて、自らなんとかしなきゃいけないと思って会社を立ち上げました。
長井:私は前職でゲノム解析を使った新規事業やスタートアップのサポートに携わっていたのですが、その中で、日本はスタートアップの数が少ないためにイノベーションが遅いという課題を感じ、自分たちがやれば後に続いてくる人たちがいるんじゃないかと思って、桜庭さんと一緒に起業しました。
石川:ファミワンは不妊治療に取り組む人を支えるために立ち上がったスタートアップです。妊活の場合は悩んでいることにも気付かない、悩みを相談したいと思わない、相談して解決すると思っていない方がたくさんいますので、そういう人たちを未受診時から継続的に支援していくサービスを、看護師さんや心理士さんと一緒に作って提供しています。
ーー今回の協業について、きっかけはどんなところから始まったのでしょうか?
奥田:きっかけはもちろんPlug and Play Japanのアクセラレータープログラムです。もともと私自身、新しい市場開拓に興味があり、その中でもフェムテックや妊活という領域に特に需要を見出していて、不妊治療や性教育、セクシュアルダイバーシティというテーマに興味のあるメンバーと何かできないかなと思って社内でチームを立ち上げたところでした。そうしたらちょうどPlug and Play JapanのHealth Batch 2プログラムでVarinosさん、ファミワンさんとお会いしたんです。「すごいスタートアップがいる!」と興奮して、顔合わせのミーティングでも活発に質問させていただいたのを印象深く覚えています。
そこからPlug and Play Japanさんにご提案いただいて、電通の抱えるクライアントにフェムテック市場の可能性についてご紹介することを目的に、『Femtech & Beyond』というテーマでイベントを共催させていただいたんです。200人以上の方に参加いただいて、すごく盛り上がりました。オンラインでこんなに盛り上がるかというくらい、質問もバンバンきていて、鳥肌が立つレベルでびっくりしました。こんなに望まれているトピックで、かつ、社内に同じ興味関心を持つメンバーもいる。これは絶対に何らかの形で大きくしていこうと思っていたところ、イベント後にVarinosさんとファミワンさんから、共同開発中のプロダクトのお話を伺って。これはぜひこのチームで何か一緒にさせていただきたいなと思いました。
ーー『Femtech & Beyond』というイベントが、そのままプロジェクトチームになったと。
奥田:はい、あまりに私たちの目指す方向を言い当てているイベント名だったのでそのまま拝借しました(笑)。社内のクリエーティブチームと事業開発チームとが一体となって、女性の課題解決を目的とする企業や製品・サービスのクリエーティブ制作、フェムテック市場自体のアウェアネス向上のためのイベント、事業会社との新規事業・製品・サービス開発など幅広く活動していきたいと思っています。フェムテックに関してもまだ世間に浸透しておらず、多くの人にとっては「何それ?」という状態なので、電通がこういうチームを立ち上げたことを、社内にも社外にも広げていきたいですね。
ミッションとしては女性の「性」からくる問題解決から、より「生きること」の問題解決へと広げていきたいと思っています。今、フェムテックというのは、女性の問題をテクノロジーで解決するという「人口の半分のためのもの」みたいな感じになってしまっています。そうではなく 「女性だけ、生殖関連だけ、ではないですよ」というメッセージを伝えるためにも、プロジェクト名を『Femtech and Beyond』としました。コンセプトの重点ポイントは『and BEYOND』の部分です。フェムテックを女性だけのものにせず、関係人口に広げることで、市場自体を拡大していくことを目指しています。
(「妊活に関する正しい情報は検索しても出てこない」と語る奥田さん)
協業とは、それぞれのできない部分を補完しあうこと。検査結果以上の価値創出を目指して
ーー今回、「腟内検体採取式 子宮内フローラCHECK KIT」をファミワンさんとVarinosさんで共同事業化、それを電通さんがサポートするという形になったわけですが、Varinosさんとファミワンさんの協業は、どのような経緯からスタートしたんでしょうか?
長井:少し前から、子宮内フローラ検査を一般消費者に直接提供したいという構想はあったんです。
桜庭:しかし、Varinosは臨床検査会社なので、BtoC向けのプロダクトを作って売る会社ではありません。一つ事業者さんを挟んだら上手くいくのだろうなと思いながらパートナーを探していました。以前からファミワンさんとはPlug and Play Japanのプログラムで一緒ですねという話はしていましたが、『Femtech and Beyond』イベントの打ち合わせ期間から密に話すようになったんです。やはり大きかったのは両社ともが持つ「不妊大国である日本を変えたい」という強い思いでしたね。イベント実施から約3ヶ月で今回の共同事業化のリリースを出せました。
ーーすごいスピード感ですね!では、子宮内フローラCHECK KITがどういうものかを簡単に教えていただけますか?
(子宮内フローラCHECK KIT商品写真。写真提供:株式会社ファミワン)
長井:子宮内フローラCHECK KITは、クリニックや病院に行かなくても、自宅で簡易的に妊娠しやすさに関わる子宮の状態を知ることができる郵送検査サービスです。元々は弊社が病院向けに提供している臨床検査サービスなのですが、子宮サンプルを取らなくても済む簡易版を開発しました。このキットでは、腟内の検体を採取するキットがユーザーの家に届くので、自分で検体を採取して郵送ボックスに入れて弊社に返送してもらいます。その結果をファミワンさんの情報プラットフォームを介してご連絡する、という流れです。ファミワンさんのサービスを通じて、これから不妊治療を考えておられる方、クリニックを悩んでいる方へのサポートやフォローアップをすることが大切だと考えています。
子宮内フローラの検査では、腟内や子宮内にいるラクトバチルスという、人間に有益な菌の割合を調べます。ラクトバチルスの割合が高いほど自然妊娠や体外受精の成績が高いというエビデンスが出ているので、その結果を元に不妊治療や妊活に活かしていただいています。「不妊って子宮内フローラだけじゃなくて他にもこんな原因があるんだ」というのがファミワンさんのサービスを通じて紹介されて、他の要因も調べにクリニックに行くというように、この検査の結果が不妊外来へのきっかけになればいいなと思っています。
(子宮内フローラCHECK KITのプロトタイプを見せる長井さん)
石川:ファミワンは妊活中や不妊治療中の方に対して、これからの指針や選択肢を示してあげるということをしています。これまでファミワンのサービスを多くの人に使ってもらっている中で、市販のセルフ検査キットを使ったユーザーから「検査の数値がこうだったんですけど、どうしたらいいんでしょうか?」という声も届いていました。市販のセルフ検査キットって、「検査結果はこれです、どうするかは自分で判断してね」とか「病院に行きたかったら行ってね」というだけになってしまっているのがほとんどです。検査の数値を元に、妊活と向き合うためのサポートをしていくことは、ユーザーにとって価値が大きいんじゃないかと思っています。
また、検査そのものに対するハードルが下がるので、パートナーである男性も「自分も検査してみてもいいかな」等、選択肢が広がるきっかけになると思うんです。あまり知られていないだけで、不妊原因の約半分が男性側にもあるため、自宅で検査を行うことによる不妊検査自体に対する抵抗感の減少はとても大切ですね。頭の片隅では検査に行った方がいいと思っていても恐怖心や羞恥心が大きく、なかなか踏み出せないことが多いですが、何かきっかけがあるとこちらも背中を押しやすいなと考えています。このキットは子宮内フローラを測るということ以上の意味がある事業だと感じています。
(「不妊大国である日本を変えたい」と語る石川さん(左)と長井さん(右))
ーー今回の協業の役割をまとめると、Varinosさんがキットを作るところに加え、検査結果の解析・分析を担当。そしてキットの販売と検査結果に合わせたフォローアップがファミワンさんの担当ということですね。電通さんはどんな役割を担っているんですか?
奥田:パッケージデザインやウェブサイト、キービジュアル、コピーなどコンセプトメイキングの部分でサポートさせていただいております。クリエイティブチームには妊活経験のあるメンバーも入っているので、作っている我々も当事者の気持ちに寄り添える。あとは一般消費者の認知獲得という観点からも電通が得意な部分でサポートしていこうとしています。たとえばテレビ局などのメディアと一緒に「社会課題を解決するスタートアップ企業がちゃんと脚光を浴びるようにするために、メディアにできることは何か」という議論をしていて、メディアに対してVarinosさんやファミワンさんを繋ぎ込もうとしています。一般に広く知っていただけるタイミングを作って、積極的に「子宮内フローラ」というキーワードと2社を紹介していきたいなと。さらにいうと、事業会社のCVC組成・運営をサポートする『Fund X』というサービスを先日、電通からリリースしたんですが、そこを通じてヘルスケアや妊活市場に興味を持っている企業にVarinosさん、ファミワンさんを積極的にマッチングすることもしています。
石川:そこはすごくありがたいなと思っています。モノをどう届ければいいのかとか、世の中からの見え方というのは、私たちが持っていないところです。また、認知度を高めるという点でいうと、ファミワンとしても専門家である看護師さんや心理士さん、培養士さんと繋がっているので、医療従事者側からも少しずつ広めていければと思っています。
ーー複数社で事業を展開する上で大変だったことはありますか?
奥田:一般的には、事業に関わる複数企業の役割分けとすべての企業がWinになるスキーム作りが難しいところですね。今回は各社の役割分担がはっきりしていて、さらにVarinosさんとファミワンさんの関係性が非常に良好なのでそこは考えなくても良かったので、私たちも全力で取り組むことができています。
桜庭:どのように利益分配をしていくのかを、市場がまだない中で決めなきゃいけない。「えいや」で決めるしかないというのは大変ですね。
長井:「普通の新規事業だともうちょっと企画するよね」というくらい、今回も走りながら決めていて、「3ヶ月後どうしましょう」みたいな。でもそれが面白くて、まさに新規事業だなと思います。
石川:各自メインの事業がある中で、うまく役割分担をして進める難しさはありますね。得意とすることが異なり、スピードを出せるタイミングもバラバラなので、うまくバランスを取りながらも、勢いを大切にして進めています。
次の世代を作ることにおいては誰もが当事者。社会全体を巻き込みたい。
ーー将来的にどういった社会的インパクトを目指しておられるのでしょうか。
長井:企業に属していると組織によっては、不妊治療を本格的に始めるために仕事を辞めざるをえないというケースが結構あると思います。ワークライフバランスに関わる妊活の基礎知識を会社から従業員にちゃんと伝えるということが、従業員にとっても会社にとってもwin-winなんですよね。そういう価値を企業へ伝える機会を作るのは、電通さんやPlug and Play Japanさんあってこそですね。また、『Femtech & Beyond』のイベントに登壇した時に、赤ちゃんの誕生って「フェム(fem=女性)」だけの問題なの?男性も関係してるよね?という気付きが大きくて。それって教科書に書かなきゃいけないことなんです。みんなが考えなきゃいけない。“性教育を「生」教育へ”と定義し直した電通さんのプレゼンを見た時にそのことを強く感じました。新しい世代のために、誰もが関係する話として広める必要がある。子宮内フローラとか腟内フローラが胎児や女性の健康に必要不可欠だということを、みんなに知ってもらいたいなと思いました。
(「若い人にリーチアウトするひとつの解がやっと見つかった」と語る桜庭さん)
桜庭:女性特有の健康課題に目を向ける企業も増えてきているので、そこから認知度を高くしていくこともできると思います。
奥田:おっしゃる通りですね。以前は女性従業員の働きやすさに興味がなかった企業でも、最近になって「女性を大切にする経営ってどうしたらいいんですか」と尋ねてくれるところは増えてきています。そういう企業に対してセミナーを開催したり、希望する女性にキットを使っていただいたりと、いろんな角度でお話する機会を作っていきたいと思っています。
石川:不妊治療中の人だけではなく幅広い方々に対して、私たちが継続的に発信していかないといけないですよね。不妊大国である日本において、今がまさにターニングポイントだと思います。
ーーお話ありがとうございました。生殖医療に対する皆様の熱量がないと今回の協業は実現しなかったように思えます。先が見えないからこそ、各社が補完しあえることを持ち寄ってスピード感を持って事業を組み立てていく。また、奥の手として「えいや」で意思決定ができるのもスタートアップの強みではないでしょうか。子宮内フローラCHECK KITの協業にとどまらず、『Femtech and Beyond』を軸にした啓蒙活動や事業化支援をPlug and Play Japanもサポートしていきます。
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Plug and Play Japanでは、国内外のフェムテックスタートアップをカテゴリごとにまとめました。不妊治療に特化したスタートアップのまとめは以下からどうぞ。↓