[ショートショート] ヘドロの夢 - 働いて得られる対価としての緑藻さま [シロクマ文芸部]
働いて得られる対価として、その昔は「お金」という鉄クズや紙切れが配られていたらしい。
人類とは時々とんでもないことを思いつくもんだ。こんな事、そこら辺の路地裏でたむろするジャンキーどもにもそうそう思いつかないだろう。
その鉄クズや紙切れがないと生活すら出来なかったと言うのだから、とんでもない。資本主義とは現代の俺たちからすれば、とてもマトモとは思えない奇想天外な思想である。
今の時代に生まれて本当によかった…と俺は心底思うのだった。
昨日の夜にたまたま読んだ考古学のページの影響でらしくない事を考えていたら、移動チェアが止まって職場に到着した。
俺に割り当てられた仕事はここでの汚物処理だ。
街中から排出された汚物がここに集まる。炉の中にたまった汚物にバクテリアをぶち込み分解させる。
こんな作業はマシンにやらせてもいいとは思うのだけど、俺たちが汚物の中に入ってかき混ぜないと、なぜかバクテリアどもは仕事を始めないんだ。
このシステムが開発されてから軽く百年はたっているけれど、この理由はわかっていない。人間の身体に付着している何かが作用しているのは確かなのだが。
だから俺たちは毎日汚物にまみれてバクテリアどもを駆り立てている。
バクテリアどもが働けば、その時に出るガスでこの街の電力はまかなえるし、分解され解毒された汚物は再び食料や建材となって生まれ変わる。
俺たちの街は最古の完全自給自足リサイクル型都市なのだ。
この仕事をしていれば食い物には困らないし、何しろ報酬がいい。汚物処理作業の特典として緑藻さまを施術してもらえるんだ。
一日中汚物にまみれた俺たちはシャワーを浴びると一斉に食堂へと向かう。
この食堂ではバクテリアが分解したてのほかほかの飯が食える。外からわざわざ食いに来る者もいるほど人気なのだ。
その後はお待ちかねの報酬の時間だ。
俺たち汚物処理人員には専用の緑藻さまカプセルがあり、仕事の後は毎日たっぷり緑藻さまの施術を受けることができるのだ。
一般人の報酬がただの快楽であるのに対し、俺たちだけは緑藻さまの恩恵を受けることができる。
最高じゃないか。
緑藻さまで満たされたカプセルに入ると、一日の疲れが吹っ飛ぶだけではなく、とてつもない高揚感に包まれる。
この世に生きていることへの感謝でいっぱいになるんだ。
俺たち汚物処理従事者は子孫を残すことが許されていないのだけど、そんなことはどうでもいいと思える。
そしてこの大都市の真髄を支える汚物処理に従事できることを誇らしく思うのだった。
緑藻さまは最高だ。まさに我々の神と言っても過言ではない。
緑藻さまは遥か遠くの宇宙からやってきたと伝えられている。人類に幸福をもたらすためにやってきたのだ。
俺は移動チェアに乗って家に帰る。そして心地よい睡眠を貪った後は、再び汚物炉へと向かう。
これが俺の毎日。
古代の人間には考えもつかないほど幸福な毎日なんだ。
小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』に参加します。