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[ショートショート] 夢を見る岩石 - シロクマ文芸部

 夢を見る岩石が発見された。

 それは地中深く五億年前の地層から出て来た。

・・・

 苦しい狭い暗い重たい。

 これが幼い頃から見続けている夢だった。

 物心ついてからずっと、こんな夢しか見ていない。だから夢とはこういうものだと思っていた。

 小学生くらいのころに、みんなが昨日見た夢の話をしているのを聞いて、他のみんなは自分と違っていることに気がついた。

 さまざまなことで話が噛み合わないことが多かった。

 それもこれも、見ている夢が違っているからなのだと思っていた。

 みんなは夢の中で様々な体験をしてたくさんの知識を得ているのに、自分は真っ暗で重苦しい夢しか見ないから知らないままなのだと思っていた。

 私は夢の中で学習できないから、相手がなぜ怒っているのかわからないのだ。

 私はいつも正しいことをしているのに、相手は怒ってしまう。
 どうしてなのか何度考えてもわからなかった。

 それもこれも、全て見ている夢が違うからなのだ。
 どれもこれも、全て夢のせいなのだ。

 私は夢に関するさまざまな本を読んだけれど、どれもピンとくるものはなかった。

 思春期にさしかかるころには私は完全に孤独だった。見ている夢を共有できる相手も見つからず、独りでいることがすっかり当たり前になってしまった。

 人と関わると相手を怒らせて、自分の落ち度もまったくわからないし、相手が怒っている理由もわからないので、極力人との交流を避けて過ごした。

 独りでいると何かと話しかけてくる人もいるもので、それはそれで面倒だった。そういう人たちは、自分から近寄って来たくせに、すぐに怒って離れていった。

 私はだんだんと、この夢は胎内記憶なのではないかと考えるようになった。

 そこで胎内記憶の語り合いをする会合を見つけて参加してみたが、そこでも話が合わなかった。みんなフワフワした胎内記憶を語り、私のような重苦しい状態を語る者はいなかった。

 私の記憶は胎内のものではない、もっと邪悪なものだと口々に言われて心療内科の受診を勧められた。

 そこで母に初めて相談をして心療内科を受診するとこになった。

 母は、幼いころに私が夢の話をしているのを覚えていたが、そのうち言わなくなったので見なくなったのかと勝手に思って安心していたようだ。
 母はなぜ今まで黙っていたのかと気を悪くしたようだった。

 別に母になんでも話す義理なんかないのに。勝手な母である。

 心療内科を受診すると私の担当になった医者は、うんうん、と話を聞いてくれた。もしかして、この人も私と同じ夢を見ているのでは?と思い気持ちがたかぶったが、どうやらそうではないようだった。

 医者は知ったかぶりをして私の気を引こうとしているだけだった。

 私はこれはセクハラだと病院に文句を言った。

 母は私のことを怒った。悪いのはあの医者なのに、なぜ自分が怒られるのかわからなかった。

 しばらくすると、見たことのない男たちが家にやって来て、私を治療するために特別な施設を用意したと母に話をした。

 母はすっかり騙されてしまい、私は男たちに連れられて、怪しげな施設に閉じ込められてしまった。

 その施設で私は頭にたくさんの吸盤をつけられて何かの実験をさせられた。施設のスタッフたちは、すべて私が良くなるためだと言って来たが、全部嘘だと私にはわかっていた。

 その施設での実験中、私は何度か見知らぬ男の子に会った。その子は必ず誰もいない時に現れるのだった。

 男の子は自分は囚われの身だ、みんなの目を盗んで彷徨っていて私を見つけたと話した。

 それはまるで私と同じだと思った。

 男の子の名はレイと言った。

 私は自分が見ている夢のせいでこんな目に遭っているのだとレイに説明した。

 するとレイも取り留めのない夢を見続けて、その夢の出所を探しているのだと言った。

 レイは最近見ている夢の詳細を教えてくれた。

 それを聞いて私は驚いた。その内容は、まさに私のこれまでの人生と酷似していたのだ。

 クラスメイトに言われた言葉や、母親の特徴、それからこの施設に来た経緯に至るまで…。あまりに共通点が多かった。

 私は自分が見ている夢の内容を例に伝えた。

 するとレイは驚いて、それはまさに自分の状態だと言った。

 彼は意識のあるずっと昔からそこに閉じ込められているのだと言った。

「もしかして、私たち夢の中で入れ替わっている?」

「そうかもしれない」

 とレイも言った。

 その瞬間、ドヤドヤと大人たちが私の居場所に入って来て「接続が認知された」とか何とか騒がしくわめき始めた。

 私は人の声を不快に思って耳を塞いだ。

 それから数日間、レイは私の前に姿を現さなかった。

 その代わり、大きな岩石が私の部屋へと運び込まれた。

 その岩石は五億年前の地層から掘り起こされた斑レイ岩だと説明を受けた。

 嘘みたいな話だけど、その岩と私が何らかの未知なる仕組みで精神が接続されていたのだという。

 この施設はその現象を研究する場所であった。

 この途方もない話を私はなぜかすんなり受け入れることができた。

 腑に落ちることがたくさんあったのだ。

 私が相手のことを分からなかったのは本当は岩だったからなのだ。

 部屋に運び込まれた岩石にそっと触れると、それがレイであると感じられた。

「この岩石には五億年の記憶が保存されている可能性があります。接続が確認されたあなたを介してそれを取り出せるかもしれない」

 施設の者たちはそう言った。私とレイが繋がっていることがどうして五億年の記憶になるのか理解ができなかった。ただ私はレイと共にいられるのならば何でもよかった。

「レイを砕いたりしないのであれば協力しましょう」

 私はそう言った。施設の者たちはレイを砕かないことを約束してくれた。

 その晩、人の姿をしたレイが私の目の前に現れた。

 レイは私を抱きしめるとそっと口づけをしてくれた。

「僕を見つけてくれてありがとう。君たちは僕にとって特別だ。特に君という個体はとても特別だよ。なぜだかわかる?」

 わからなかったので私は首を振った。

「まあ、そうだろうね。わからないままのほうがいい」

「私はずっと生きづらかった。人間の思考がわからなかった。それはあなたと関わりがあったから? 私は岩に近いから?」

 レイはふふふと笑ってそれを否定した。

「君がそう思っている君の状態は、僕とは関係ないよ。それは君のひとつの特徴であって、それのために苦しむ必要はないものだよ、本来なら」

「そうなの? 私はもう人間であることが息苦しい。できればあなたと同じ岩になりたい」

 レイは少し悲しそうな表情になって私の言葉を否定した。

「人であった君がこれから岩として過ごすのはもっと辛いと思うよ。何しろ埋まったら埋まったままで動けないからね」

 そこで私はハッとした。レイはずっと埋まっていたのだ。五億年も?
 五億年も地中深く埋まっていたレイのことを思うと胸が張り裂けそうになった。

「苦しかったでしょう?」

 私が彼の髪をそっと撫でると、一粒の涙が彼の頬を伝って流れた。

「ありがとう。それほど苦しくはなかったよ。君たちは実に忙しない存在だったから」

 ああ、きっと本当は暗くて怖くて寂しかっただろう。と私はレイの気持ちがわかるような気がした。夢の中で感じていた息苦しさを思い出したのだ。

「レイはずっと人間の夢を見てたの?」

「ああ、そうだね。君たちは実に愉快だよ。人間が出現したのはだいたい二百万年前だ。それ以前はもっぱら微生物の夢を見ていたよ。彼らもとても奇妙で面白い」

 そして私はレイの素性を知った。

 彼が地球にやって来たのは約五億年前。カンブリア紀の海の中である。彼の故郷は地球から遥か遠くはなれた星系の惑星で、彼はそこで系外生物学者をしていた。

 かねてから生命の可能性があるとされていたT系第三惑星、つまり地球に派遣された彼と彼の同僚たちは、ここで多くの生命を発見した。

 彼らはこの惑星に知的生命体を生み出す計画を立て、生命の進化に介入した。それが我々の知る生命多様化の大爆発、カンブリア爆発の要因となった。

 それからレイの仲間たちは自分たちの星へと帰還したが、この惑星の生命に魅了されてしまったレイはこの地にとどまり、生命の観測を続けてきたのだ。

「僕の存在を知るに至るまで君たちが発展するとは感慨深い。ご褒美に僕の知る全てを君たちにあげよう」

 レイの記録は私を介して人々に届けられた。
 これにより人類の宇宙観は一変してしまった。

「そろそろ僕の仲間たちが地球の様子を観測しに戻ってくる頃合いだ。文明の発展を見て彼らは何と思うかな。知的生命体を生み出すことに成功したのは大きな功績だよ。彼らがくる前に僕が発見されて良かったね。何があっても僕は君の味方だからね」

 そう言ってレイは私の身体を抱いてくれた。
 その夢心地な感覚に酔いしれてレイの言葉の真意を知ろうとはしなかった。
 その時はもう、レイさえいれば他はどうでもよくなってしまっていたのだから。



小牧幸助さん『シロクマ文芸部』に参加します。


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