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月影の門 下

第三章 影を断つ刃

 影が高坂に迫る。人の形をしてはいたが、輪郭は曖昧で、風のように揺らめいていた。

 「斬れるのか……?」

 刀を構えたまま、高坂は一瞬の迷いを覚えた。影には質量がないように見えた。しかし、その目は確かに彼を見ていた。

 次の瞬間、影は跳んだ。高坂は反射的に踏み込んだ。

 「はっ!」

 刀が月光を裂いた。影が消える。しかし、足元に再び生まれる。まるで夜そのものが剣を受け流しているようだった。

 ――影は、斬れぬもの。

 そう気づいた時、彼の背後で笑い声がした。振り向くと、先ほどの男が面を外していた。その顔には見覚えがあった。

 「……私?」

 高坂は愕然とした。そこに立っていたのは、彼自身の姿だった。

 「影はお前の内にある」と男は言った。「お前が斬るべきものは、外ではなく内にある」

 その言葉が胸に突き刺さる。

 影とは、己の恐れ、迷い、過去の業。それを断たぬ限り、どこへ行っても囚われ続ける。

 高坂は静かに目を閉じた。そして、ゆっくりと刀を収めた。

 ――影を斬るのではない、受け入れるのだ。

 その瞬間、世界が揺らいだ。

 気がつくと、彼は茶屋の座敷に戻っていた。目の前には、静かに微笑む娘がいた。

 「お帰りなさいませ」

 高坂は深く息を吐いた。月は、相変わらず静かに夜空に浮かんでいた。しかし、その光は以前よりも柔らかく感じられた。

 彼は立ち上がり、外へ出た。風が心地よい。

 「旅を続けよう」

 高坂は再び歩き出した。月の影は、もう彼を惑わせることはなかった。


おわり


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