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「おばあちゃんの手紙」 上

第一章 静寂の部屋


 祖母の葬儀が終わった。雨が上がり、東京の空はくすんだ薄青色に染まっている。喪服を着た人々が三々五々帰っていき、家の中には静けさだけが残った。

 僕は祖母の部屋に向かった。畳の香りが鼻をくすぐる。遺影の中で微笑む祖母の顔は、僕の記憶の中にある姿と変わらない。部屋の隅には祖母が愛用していた和箪笥がある。長い年月を経て色褪せた木の表面をそっと撫でると、祖母の温もりがまだそこに残っている気がした。

 ふと、机の引き出しに手を伸ばした。その奥から、古びた封筒が出てきた。表には丁寧な筆跡で「20歳のあなたへ」と書かれている。僕はその文字をじっと見つめた。

 それは幼い頃の約束だった。祖母は僕がまだ幼稚園に通っていた頃、ふとした拍子に言ったことがある。「20歳になったらね、手紙を書くのよ。それを開けるのは未来のあなた自身だから」

 あの頃の僕は、意味もよく分からずに「うん」と答えた。でも、祖母はそれを覚えていたのだ。

 僕はそっと封を切り、中の便箋を取り出した。少し震える手で、それを広げる。祖母の達筆な字が並んでいる。

 「親愛なるあなたへ」

 その言葉を読んだ瞬間、僕の胸の奥に小さな波紋が広がった。


つづく

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