「笑うガーベラ」 下
1分小説
この物語は2章構成になっています!
第二章
「いらっしゃいませ」
その日、店が開店して間もなく、瑠璃は声をかけた。だが、目の前に立っていたのは常連客の老人だった。少しがっかりしながらも笑顔で接客を続ける。もう何日、彼のことを考えてしまっただろう。瑠璃は自分でも気づかぬうちに、その男性のことを待っていたのだ。
閉店時間が近づいた頃、ふいに店のベルが鳴った。そこには、あの男性が立っていた。
「ガーベラ、またありますか?」
瑠璃の胸が一瞬、締めつけられるような感覚に襲われた。彼の手には、小さな花束が握られている。淡いピンク色のガーベラが数本、可愛らしくまとめられていた。
「これ、あなたに」
男性は花束を差し出しながら、少し恥ずかしそうに笑った。瑠璃は驚きと戸惑いでしばらく動けなかったが、やがてその花を受け取った。
「どうして……?」
「前に話したでしょう? ガーベラが好きだって。あの日、君が作った和菓子を食べて、僕は本当に笑顔になれたんです。仕事でうまくいかなくて、落ち込んでいたときだったから。だから、感謝を伝えたくて」
瑠璃の目の奥が、じんわりと熱くなった。彼女はずっと、誰かを気遣うことに心を費やしていた。けれど、自分が誰かに気遣われることの温かさを、こんなにも感じたのは初めてかもしれない。
「私、ずっとお客さんを笑顔にしたいって思ってました。でも、自分がこんなふうに笑顔になるなんて、思ってなかった……」
彼女の目に涙が浮かんだとき、男性はそっと微笑み、優しく言った。
「君が作った『笑うガーベラ』は、ちゃんと僕の心に咲いたんだよ」
その言葉に、瑠璃はこくりと頷き、心の中で何かが静かに解けていくのを感じた。
それから、瑠璃は毎日、花霞庵の裏庭に咲いたガーベラを見つめるたび、自然と微笑むようになった。彼女の心にも、小さな「笑うガーベラ」が根を下ろし、鮮やかに咲き誇っていた。
おわり
#笑うガーベラ
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よろつよ
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