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春を待つ月 中
第二章:月影の誓い
翌日、佐吉は酒肆(さかや)で酒を酌み交わしていた。町人たちが噂話に花を咲かせていた。
「おい、聞いたか? 昨夜、向島の祠で辻斬りが出たそうだ」
「浪人の仇討ちだとか。相手は旗本の用心棒だったらしいが、一太刀で斬られたってよ」
佐吉は思わず盃を置いた。昨夜の侍の姿が脳裏に浮かぶ。彼は目的を果たすために舟を頼んだのだ。
「……その侍は?」
「さあな、もう姿を消したらしい」
佐吉は盃を傾け、夜風を思い出す。静かな月の下、彼は何を想っていたのか。
夜になり、佐吉はまた舟を出した。川面に月が映り、夜の空気が冷たい。舟を漕いでいると、岸辺にひとつの影が立っていた。昨夜の侍だった。
「舟を頼めるか」
佐吉は黙って頷き、舟を岸につけた。
舟の上で、侍はしばらく黙っていた。そしてぽつりと呟く。
「この戦が終われば、春は来るのだろうか」
佐吉は静かに答えた。
「春は必ず来ます」
侍は微かに笑った。
つづく
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