『大晦日の奇跡』 下
第二章:奇跡のあと
「これだけ?」と葉子は少し肩透かしを食ったような気分で尋ねた。
「うん、でもこれってすごいことだよ。だって、こんな大都会で星が見えるなんて、奇跡みたいじゃない?」
彼の言葉を聞いて、葉子は改めて夜空を見上げた。確かに、都会でこんなにはっきり星が見えるのは珍しい。寒さも忘れて、じっとその光を見つめていると、心の中にぽつぽつと何かが広がる感覚があった。
「星を見るたびに思うんだ。僕たちの小ささとか、それでも何か意味があるんじゃないかってこととか」
彼の独白を聞きながら、葉子は何か忘れていた感情を思い出すような気がした。それは日々の喧騒に埋もれてしまった自分自身の存在を見つめ直す感覚だった。
「ねえ、どうして私にこれを見せたかったの?」
彼はしばらく答えずにいたが、やがて口を開いた。「たぶん、君なら分かってくれると思ったから。理由なんてそれくらいでいいと思う」
彼の曖昧な答えに葉子は少し笑ってしまった。そして、自分が笑うことがこんなに自然に感じられるのが久しぶりだと気付いた。
その後、二人は軽く会話を交わしながら駅の方へ向かった。彼の名前も、どうして喫茶店にいたのかも聞きそびれたままだったが、不思議とそれが気にならなかった。
「じゃあ、良いお年を」と彼は微笑んで別れた。その顔がどこか寂しげだったことだけが、葉子の心に残った。
家に帰り、葉子はさっきまでの出来事が夢のように感じられた。だが、あの星空と彼の言葉は、心のどこかに確かに刻み込まれていた。自分がこの年末、少しだけ新しい自分に出会えたような気がした。
おわり
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