「失われた味の行方」 上
1分小説
この物語は2章構成になっています!
第一章「甘露の如き幻影」
江戸の町の奥まった路地に、ひっそりと佇む和菓子店「山猫」があった。その店の名物は、誰もが絶賛する伝説の味「月影の羊羹」だと言われているが、その味を知る者は年々少なくなっていた。噂では、材料となる秘伝の小豆が一子相伝で守られているらしく、代々の店主にのみ伝えられてきた。店を訪れた者は、その羊羹の味が「過去を呼び覚ますような甘さ」だと口にするが、実際に食べたことがある人は今ではほとんどいない。
里田瑠璃は、ある日偶然「山猫」の存在を知る。彼女は歴史好きで、特に江戸時代の食文化に強い関心を持っており、「月影の羊羹」の噂を耳にした瞬間、その味を確かめたくてたまらなくなった。瑠璃は28歳の独身で、町の和菓子店で働きながら、自らの手で和菓子を作り上げることに喜びを見出していた。彼女は、江戸時代に生きていた人々がどのように和菓子を楽しんでいたのかに興味を持ち続け、いつか自分の手でその伝統の味を復元したいと願っていた。
「山猫」を訪ねた瑠璃は、静かで落ち着いた佇まいの店内に驚いた。木の温もりを感じる古風な棚に和菓子が並べられ、店の奥には白髪の店主が座っていた。瑠璃が「月影の羊羹」のことを尋ねると、店主は穏やかな微笑みを浮かべ、彼女に一つの小さな箱を差し出した。
「この羊羹には、古の甘みが込められています。ですが、あなたが真に求めているのは、ただの味ではないのでしょう?」
瑠璃は不思議に思いながらも箱を受け取った。その箱の重みには、何か歴史そのものが宿っているような感覚があった。しかし、家に持ち帰り箱を開けたとき、中には羊羹ではなく、ただ一枚の古びた和紙が入っているだけだった。そこには「幻影を追い求める者には、真実の味は遠のく」と書かれていた。
瑠璃は、ますますその羊羹の謎に魅了され、どうしてもその味を再現したいと決意する。彼女の心の中に、「月影の羊羹」の失われた味を探求するための旅が始まった。
つづく
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よろつよ
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