静寂に浮かぶ月 中
第2章: 月に隠された謎
彼女の言葉が何を意味しているのか、彼には分からなかった。ただ、その声には確かな重みがあった。彼は足を止め、彼女に話しかけるべきか否かを逡巡したが、結局そのまま歩き出し、橋の上に立つ彼女の隣まで来た。
「月が落ちる、ってどういう意味ですか?」彼は少し遠慮がちに尋ねた。
彼女は驚いたようにこちらを見た。その目には、どこか深い悲しみのようなものが宿っている。そしてしばらくの沈黙の後、彼女は小さく笑った。
「あなたには関係のない話よ。ただの独り言。」
彼はその返答に納得できなかったが、それ以上追及するのも無粋だと思い、頷くだけにした。しかし、彼女の視線が再び月に向けられた瞬間、その横顔からは消し去れない孤独の影が滲み出ているように見えた。
「昔、月が好きな人がいたの。」彼女が不意に口を開いた。「その人とよく、こうやって月を見ながら話をしたわ。でも、その人はもういない。」
彼は何も言えなかった。彼女の言葉には、何か大きな喪失感が含まれていた。そして同時に、その話が彼女自身のことなのか、それとも別の誰かの話なのかも分からなかった。ただ、月が二人の間に特別な何かを生み出しているように感じた。
「その人を探しているんですか?」
彼女は首を振った。「いいえ。もう探す必要はない。だって…」彼女は口を閉ざし、何かを飲み込むように息を吸った。「きっと、月が教えてくれる。」
その夜、彼女が語った言葉の一つひとつが彼の中に謎として深く刻まれた。そして気づけば彼女は、彼に名前を告げることもなく、橋から姿を消していた。
つづく
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