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あの指に帰りたい~優季の場合③~

夕方から雨が降りだした。

優季は由希さんに断って店の予備の傘を1本借りてから足早に外へ出た。今だったらいつもより1本早いバスに乗れるかもと思って、歩道橋を駆け上がった。一瞬、さっきまで落ち着いていた雨脚が強くなった。車のライトに照らされた雨の糸が、こちらまでその黄色い光を引き上げてきてくれるような、届けてくれるような、そんな気がした。

歩道橋を降りていると向こうからバスが来るのが見えた。急がないと、そう思って階段を駆け下りる。

「優季ちゃん!」

後ろから急に呼び止められて一瞬身体がびくっとした。聞き覚えのある声。聞きたかった声。
振り向くと、いつも通り優しい、でもどこか寂しい目をしたあの人が立っていた。タイトなパンツスーツ姿で、いつもかけている眼鏡がない。あれから一度も連絡していなかったのでどんな顔をしたらいいのだろう。

「薫さん。あの、眼鏡じゃないんですね。」
なんて的外れなことを言っているのかと一瞬で後悔した。
「うん。仕事中はコンタクトなの。今仕事終わって帰るとこなんだけど、雨だし送ってこうか?」
そう言ってキーをぶら下げた手で隣のパーキングを指した。

車の中でこの間のことを謝ろうと思って身構えていたのに、薫さんは気に留めていないみたいでいつもより冗舌だった。仕事の話や、今日食べたランチの店の話をしていた。

相槌を打ちながら、なんだ、気まずいと思っていたのは私だけなのかとなんだか急に恥ずかしくなった。

「おうち2号線の方だよね?」
ミラーで車線変更の確認をしながら薫さんが言う。

「あの・・この間はすみませんでした。少しお話する時間ありますか?ずっと気になってて・・薫さんが嫌とかそういうのじゃなくて・・むしろ夢心地すぎて怖かったというか・・」

薫さんはちょっと驚いたような顔でこちらをちらっと見た。
「うちでコーヒーでも飲んでいく?」

地下の駐車場に車を停めて、エレベーターに乗る。
「あの、この間は急に帰ったりしてごめんなさ・・・」

エレベーターの扉が閉まる瞬間に、唇を塞がれた。この間とは違う、今度は激しく舌をからめられて、膝から崩れそうになる。少し背の高い薫さんの手が腰を支えて、背中の壁に冷たい金属を感じた。

誰か乗って来たらどうしよう。でもやめてほしくない。私が冷静になる合間がなくなるくらい。

エレベータが着いて内廊下を薫さんに手を引かれて部屋の鍵を開けた。
扉が閉まる前に、玄関の壁に押し付けられ、また口づけられた。

「ごめん。もう余裕ない。」
薫さんの唇が私の首筋を優しく撫でて、這わせた舌が耳たぶを捕えようとしたとき
薫さんの手が私の胸をそっと包んだ。

全身に電気が走ったみたいにびくっとして、膝が震える。もうこれ以上立っていられない。


「ん・・・はっぁ・・」

薫さんに抱えられて寝室のベッドに腰かける。
私の脚の間に、薫さんの顔。

時折、私の反応を窺うように琥珀色の瞳がこちらを捉える。
私がいちばん感じる力加減や速さを、繊細でいて力強い指が丁寧に探る。

「あっ・・・んっ!」

敏感な部分を舌の先でいたぶられながら優しく吸われ、指で私の内側を刺激され、何度目かの絶頂を迎えた。

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