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きょうを生きる友へ④ 不安を見つめる
昨晩、胃の痛みで目がさめた。刺すように痛い。そして、半日以上経った今も胃にしこりを感じる。普段は夜に食べない白米を食べるほかないほど、消化の良い物を求めてしまった。(空腹だと飲めないサプリを摂取しているためどうしてもお腹を満たさなくてはいけないのだ)
どうしてこんなことに…!?と痛みに耐えながら思い当たったのはピーナッツだった。仕事をしていた昨晩、口寂しくて、気づいたら一袋明けていた。ピーナッツ、胃が痛い、で検索したら、食物繊維が豊富らしいことがわかった。苦笑いするほかなかったけれど、痛みにのたうち回った。さすっているお腹の贅肉がピーナッツの呪いのように思えた。
一人暮らしで、こんな夜ほど不安なことはない。日頃、健康で、仕事で悩んで眠れないことはあっても、病に苦しむことはない。鋭い痛みへの耐性もない。これが永久に続いたら、と考えると、恐ろしさしか浮かばなかった。病を抱えたとき私は一人で生きらられるのか、という恐怖まで一気に発展してしまった。
いつもは気ままな一人暮らしを謳歌している。知人に、結婚を念頭に、「人生はさびしさを選ぶか、煩わしさを選ぶかだ」と言われて、迷うことなくさびしさを選ぶ!と豪語した自分が残念だった。心細かった。
人間は社会的な動物なんだから、一人で生きるようにはできていないんだよな、とたまに思う。思いながら、社会人生活のすべて、、20年弱を一人で暮らしてしまうと、もはや誰かと一緒に住むなんてことが可能なのかと疑っている。その狭間で今回のようなことが起こると、人の選択は儚いものだと実感する。
かつては不安を見つめずに、「でも大丈夫」という根拠のない楽観主義に陥っていた。もっと正しく言えば、不安を感じる自分をスルーすることに一生懸命だった。理想の自分に、心細さや孤独による恐怖を感じるというオプションはなかったから。
「ああ、今、不安なんだ」。そう自分の状態を見つめ、認識する。拒絶も受けいれもしない、ただ見つめるだけなのだけれど、それだけで大人になった気がしてしまった。ということで、安眠のために胃の負担を減らすべく、大好きなコーヒーの摂取をしばし控えると決めたのだった。
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