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私の「推しの子」論 第1期 おわりに
「推しの子」は単なる「アイドル」ものでも、芸能界内幕ものでもない。
もちろん、「転生もの」でもない。
ただそれだけならここもまでブームにならない。
星野アイのキャラクターは、カリスマ性の権化だが、アニメはそれを見事に映像化した。
主役であるかに見えたアイは、早々に舞台から姿を消してしまう。
アイも、出生と育ち、そして、芸能界に入ってからどういう人の影響を受け、どう変化して行ったのかのいきさつは、少なくともアニメ第1期の終了の時点(原作第4巻の途中)までではほとんど語られない。
アイとの間に生まれた双子、アクアとルビイの肉体の父親は誰か?その謎解きのミステリーというのも、この物語の一本筋の通った推進力なのだが、恐らく原作者を衝き動かしているのは、これらを超えた何かだと思う。
それは、芸能界を舞台に見立てての、社会の中で人がどう生き抜いてていくかの過程を描くことなのではないか?
すでに第1章でも触れたが、人は本当の気持ちを隠して、「仮面(ペルソナ)」をかぶり、大かれ少なかれ「演技」しながら生きていくしかない。
自分の「本当の」気持ちとは何か?ということすら容易に見失いかかりながらも。
アイデンティティ論の生みの親であるエリクソンは、自分自身がどうありたいかということと、社会が自分をどう受け入れるかということが一致していく過程は、非常に険しい道であることを示唆している。
人は社会が求める役割のどれかを選び取ろうとする。しかしその鋳型は自分にとっては窮屈で、苦痛を伴うものである。
社会(大衆)の側も、こちらに勝手なイメージを押し付けてくる。
私を「理解」して欲しい。「誤解」されたままでは嫌だ。
社会の中に「居場所」は当然欲しい。孤独は嫌だ。(いずれ)食っていかねばならない。
でも、社会的役割(これは「職業」という意味にとどまらす、家庭内での役割、親子関係、友人や交際相手との関係も含む)からとりあえず降りて、ありのままの自分でいられるひとりの空間も失いたくはない。
伝統的共同体のなかで親世代の生き方をただ引き継げばいいという時代ではない。
社会に出れば、資本主義社会では、自分は一定の対価のもとに売り出される「商品」にならねばならなくなる。
こうした矛盾に、ひとは引き裂かれている。
芸能界という社会は、若さを商品価値として消費するところがある。殊に日本の芸能界は。
この作品の登場人物の大半は、未熟さと限界をかかえつつも、20歳前後としては、嫌に大人びている。
いや、これは、今の若い世代全体が、行き詰まりの経済状況の中で、旧来のモラトリアムを失い、早くから社会的役割を選び取ることを求められていることの反映かもしれない。
私が接する範囲では、今の若い人の方が、私がその世代であった頃よりは、はるかに現実に対して「醒めて」おり、「オトナびて」見えることが少なくない。
芸能界という狭い世界を描いているかに見えて、実は現在の若者社会の生き方を、如実に反映しているのではないかと思う。
その結果、この作品は、十代の若い人たちに支持されるのみならず、実は私たちのような年齢の高い世代にも、身につまされるものを持っている気がする。
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私が、拙書「エヴァンゲリオンの深層心理」から「ウマ娘の精神分析」そして「推しの子」を題材とした本書に至るまで一貫しているのは、原作品の世界観をひたすらリスペクトし、登場人物を生身の人間のように扱い、しかも、その作品をまだ実際には観て(読んで)いない人ですら理解するのに困らないような書き方をするという、ある意味で要求水準が高すぎるポリシーにすることである。
むしろ「推しの子」にこれまで全然関心を持たなかった人たちにこそ読んで欲しいとすら感じている。
それを同人誌という、限られた顧客層のメディアで発売することは矛盾してもいるのだが、それは私の広報活動にとって補うしかないと思う。
お読みになっておわかりかもしれないが、私は、ほとんど完璧な原作準拠で進んでいるアニメ第1期の最終回の時点までの物語に限定して、この第1巻を書いている。
それどころか、私はアニメ第2期で描かれるであろう原作の部分を読むことすら封印したまま本書を書いている。
だから、原作をすでに先まで読んでいる人にとっては、とっくに種明かしされている問題を、勝手な思い込みだけで書いているかに思われる危険を敢えて犯している。
それは、TVシリーズ2期の終了時点で書くであろう、第2巻で軌道修正するところは軌道修正するつもりである。
最後に、この素晴らしい作品を世に送り出している原作者と、アニメ制作スタッフに感謝を捧げたい。
2026年 6月10日