【蘇る本能】耳を閉じれる、ソレ本能の生き残り。
「クミしゃんクミしゃん私や?耳閉じれる。ここへんで聞かんめ~て思えばいいとよ」
「オマやァよォ…また変なことを言うがなァ…ウチではいいけんヨソでゆーなね?」
「ばーちゃん、て。ここへんか、ここへんで聞かんめ~て思ってん今、ねぇ?やってん、て」
「ハイハイ…のさんがねぇ」
「ねぇばーちゃんて~…よ~い」
祖母は私よりもハイレベルで変なことを言う人であったが、昼のひなかに私のヘンテコ発言を実践してくれることはなかった。
一緒に布団に入って寝入る前、祖母もしっかり変人になる。
寝床での絵本の読み聞かせの感覚で、自分の不思議体験をよくしてくれた。
「狸に化かされた話」が一番人気で「アレ怖いよな~」つって我が家では夏の怪談の定番になっている、台風天国の宮崎で夏休みの夜に聞くとテゲ怖い。
そんな持ちネタを数々所有していた祖母であるが、娘や孫が同じように不思議体験を話すと「ウチではいいけんヨソでゆーなね?」と口酸っぱく言い、翌朝も「オマやァよ…ウチではいいけん…」とひつこいひつこい。
祖母は神経質な人で「変人扱い」をされてすごくすごく傷ついた過去があるみたい。
それで孫の私が何か異様な雰囲気の事を言うと「ヨソで言うな」と釘をさすのだが、私は繊細ではないので「おもしろいじゃ~ん」つってベラベラと変なことを口走る。
産まれた時代が良かったのかそれとも周りのひとに恵まれたのか単に私が鈍感なのか、傷つくほどの変人扱いを受けた記憶よりも「おもしろ~い」と楽しんだ記憶のほうが多い。
小さい頃は自分の中に文明が無いから本能で遊んでるけど、知恵がついたらもっと面白い遊びを覚えるもんね。
小さな音を辿ってその出所を突き止めるような遊び方はしなくなる。
「本能」てそういうモンだと思ってる。
楽しむようになる頃には薄れ始めていくので、気に留めなくなってくる。
意識してコントロールしなくなるから、本能では遊ばなくなる。
筋肉と一緒で本能も使わないと衰える。
幼少期にはあんなに本能で遊んでるのにね、みんな。
本能で遊ぶには没頭しないといけないので、それをやってても楽しいのはきっと幼児だけなんだよね。
だから大人になると本能では遊ばなくなる。
本能がもしコントロール出来たらそれって最高におもしろいのだけど、コントロールの仕方を誰も教えてはくれない。
本人もどうやってるのかを言語化は出来ないから。
本能をコントロールしている方法が本能でやってることだから、頭で考えても出来ないのよ。
コレが頭で考えても出来たら人生2倍は楽しめると思う、ま、コントロール出来たらのハナシだけど。
コントロールしようと思ったら没頭して練習しなきゃなんなくて、ソレを大人でやろうとしたなら十中八九「アタおか」よ。
常識ある大人だったらハタチまでには本能を手放してる。
だって現代は本能よりも文明のほうが便利になっちゃってんだから。
私のカラダにはいくつかの「本能」が残っている。
本能は文明に慣れることで機能しなくなってしまうのだが、消えてなくなるわけじゃなくて文明から離れると蘇る。
そのひとつが「耳閉じる」本能。
耳を閉じる本能はコントロール可能
鼻を指で強くつまめば、嗅げない。
見たくなければ目を閉じればいい。
言いたくなければクチをかたく結ぶことも出来る。
しかし耳をてのひらで押さえても、聞こえてくる音を完全に遮断することは出来ない。
人差し指を耳の穴の奥へ奥へグイグイ突っ込んでも、筋肉の音が聞こえてくる。
塞ぐことが出来ない耳は、音を、声を、言葉を、気配を、拾う。
しかし私には「耳を閉じる」本能が残っている。
厳密には「耳を閉じることがコントロール出来た」本能である。
「鼻も目も口も閉じれるけど、耳て閉じれんと思わん?耳栓してもちょっと聞こえちょるよね?」
「聞こえる聞こえる」
「閉じれる方法あるっちゃが」
私は小学校から高校までの学生の間、クラスメイトに耳を閉じる方法を伝授しまくったが、残念ながら実践してくれた人はひとりもいない。
たぶん耳を閉じたいと思う人がいないのだ。
耳を閉じてる間の口パクの世界が不思議で面白いと力説しても誰もやらない、親や親戚たちをそそのかしてもみたが誰もやらない。
方法は簡単。
ごくごくかる~い気持ちで「聞かんめぇ~」と思うだけ。
宮崎弁「聞かんめぇ~」の感情説明としては「自分に必要ない(もしくは好ましくない)コトだから聞かなくてもいいよねぇ~」て感じ。
「聞きたくない!」とか「聞かない!」とかの強い拒否感で念じるとかではないの。
どこか他人事のようにうっすらと「聞かないもんねぇ~」くらいで、拒否というよりは聞くという行為そのものに対して無関心さを継続させるのがコツ。
例えばこんな具合に。
朝礼の前に全員強制参加の数学の補修がある、私は数学が心から嫌いなので着席したら早速ノートとかを出す片手間にラフな心持ちで「聞かんめぇ~」と思い続ける。
この「聞かんめぇ~」は頭で考えていることではない。
脳の指令ではなくて、ごくごく軽く薄く「必要ないからなァ~」という無関心な気持ちで「後頭部の後ろの空間の右か左かの斜め上」の位置に向かって「聞かんめぇ~」を出し続ける、てカンジ。
そうすると耳が閉じて黒板の前の先生が口パクで授業をする。
周りの雑音もまったく聞こえない。
今の今までけたたましく鳴いていたカエルが一斉にピタッと鳴くのをやめたような無音の中に、私は身を置く。
耳を閉じると世界はワントーン明るくなって、色が鮮やかに見える。
「色てこんなに種類あるのか~」と思う時はたいがい何も聞いていない。
子育てをしたことのある母親ならわかるだろう、幼児が色に夢中になってる時は何も聞いちゃいないのだ、耳閉じてるからね。
幼児は簡単に耳を閉じている、だって本能なんだから。
耳閉じ本能の弱点
耳閉じの本能には弱点がある。
他者との接触が加わると耳が戻ってしまうのだ。
後ろに座ってる生徒が私の肩をトントンと叩いたりするともちろん耳が戻って聞こえてしまう。
これは物でも一緒で、誰かが投げたボールが私に当たったり、横の生徒が落とした消しゴムが転がって私の足に当たっても戻ってしまう。
しかも耳が戻ってしまったら、しばらく耳は閉じれない。
時間を計ったことはないけど、調子が良い時でも次の耳閉じが出来るのには1時間以上はかかると思う。
他者からの接触を自分ではコントロール出来ないので、ある日ふと、ひとりきりの空間で「耳閉じ」を試みることになる、邪魔が入らないようにね。
そして「耳閉じ」の真の弱点が何であるかを痛感することになる。
他者との接触で耳が戻るのが最大の弱点のように書いたが、耳閉じの真の弱点とは、弱点の裏に潜んでいる恐怖の事実のほうである。
「他者からの接触でしか耳が戻らない」ことなのだ、真の弱点は。
耳を閉じるコントロールは自分で出来るのに、耳を戻すコントロールが自分では出来ないのだよ。
「聴覚を持っていかれてる」てカンジで無音が続き、めっぽう不安になる。
(あれ?耳てどやって戻ってたんだ?)
どうだ、コワイだろう?
この事実を知った瞬間、耳閉じの本能は自分でコントロールしなくなるものなのかもしれない(どうしよう耳戻らなくなったら…)そんな不安のほうが勝っちゃってね。
しかし私は不安に打ち勝ちハタチを過ぎても惰性で耳を閉じ続けていた。
私の肩をトントンと叩いて無音の世界から私を戻した人たちの第一声はだいたい皆同じである。
「すごい集中力やね」
名前を呼ばれても気付かないほどの集中力だと思っておいでだが、単純に何の音も聞こえていないだけである。
耳閉じ本能のコントロールが利かなくなったきっかけ
関西に住み慣れた21~23歳あたりのどこかのタイミングで、私は耳閉じのコントロールが自分では出来なくなったと思う。
年子で子供を産み、育児中に耳なんて閉じたら大変なコトになるので閉じようともしなかったし、仮に閉じたとしても子育て中は子供としょっちゅう接触するのですぐに耳が戻ってしまうから意味がない。
この目が離せない子育ての期間に耳閉じを一切しなかったのでコントロールが利かなくなったのか、もしくは出産が本能のコントロールが利かなくなる要因なのかもしれない。
どっちにしろ耳閉じ本能のコントロールが利かなくなったきっかけは「出産」にあると私は思っている。
コントロールは出来ないがテレビを見ると人の声は聞こえない
現在49歳の私は耳閉じのコントロールは出来ないままだが、TVを見ているとたいだい人の声は聞こえない。
名前を呼ばれてもわからないし、話し掛けられていることすらわからない。
TVの声は聞こえているのに、目の前にいる夫の声は聞こえない。
「本能は文明に慣れることで機能しなくなり文明から離れると蘇る」はずなのだが、今のところ耳閉じ本能は真逆、ザ・文明TVを見ると耳が閉じる。
文明から離れてまた文明に戻るせいなのか、バグかエラーか中途半端な蘇りっぷりなのだ。
齢50の声を聞きもすれば人間の老化も進む、それに伴いどうやら本能も老化するようだ、老眼と一緒で本能のピントも合わねぇ。
TVを見ていると私の耳が閉じるのを家族は知っているので、私がTVのほうを向いている時には話し掛けない。
たまに私が一瞬TVから目を離したタイミングで夫が口パクなのを目撃し「え?何?何かゆった?」と話し掛けると「ええわ、何もない」と、夫が答えるのが聞こえる。
接触ではなく私が話し掛けることで、耳が戻るようだ。
コントロール可能なのが戻す方になっている。
滅多にTVを見ない生活になってそろそろ30年になる私は、TVという文明から離れたので耳閉じの本能が中途半端に蘇ったのだろうが、私の耳が勝手に閉じるのは休日の夕食時に夫が見ているTVをたまたま一緒に見た時のみである。
つまりTVという文明が絡まないと本能が起動しないカラダになってしまったのだ。
ま、本能てそういうモンだからね。