ゆっくり歩く1日のこと
あたらしい傘を買ってから、より雨の日がうれしい。
しとしとふる雨のなか、外を散歩する。
昔、友だちのゆりちゃんを連れてきた土手。
あのときは春で菜の花がいちめんきれいだった。いまはセイバンモロコシがすっくと生えている。
雨のしずくと、風をうけて、ゆらゆらする姿。秋で、雨で、だれもいなくて、でもそれがとてもよかった。媚びずにひとり、空を目指している感じが。
最近歩いていなかった道を歩く。
側溝にはえている草を愛おしく思う病気にそろそろ名前をつけようかな。
この夏は、ほんとうにたくさんさるすべりの写真を撮った。
8月の記事、ヘッダーはすべてさるすべりだし、カメラロールのなかも、さるすべりばかり。
花が落ちても、雨でも、まなざしをむけてしまう。
秋になっても、冬になっても、やっぱりきっと、ずっと好きだ。
だれもいない、ちいさな神社のむくろじの樹。
ちいさな丸い実を、いくつもいくつもつけていた。
涙みたいだった。
この実のなかは、せっけんのように泡だつらしくて、いくつものあわを抱えているのだなと思った。
木蔭にいたら、雨のしずくが葉からこぼれてやさしくふってくる。泣きたいときここに来よう、と思った。涙をあわのように浮かべてしまおう。
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追記
最近からだの具合がよいです。朝晩冷えるのですこし咳こむけれど、どうにか倒れずすごせています。
この2週間たくさんあれこれ書いたのですが、なんとなく納得できなくて、ぜんぶ海の底に沈めました。
私は、先日書いた「織る」のような、ひとつの作品としてのエッセイを書きたいと思っています。真剣に、ひとつひとつ、糸目を見ながら織ってゆくようなものがほんとうは書きたい。でも最近うまくいっていませんでした。
でもできないときは、できないし、あせらずやっていこうと思っています。こうしてたまに息抜きみたいな記事を書きながら、それでもやっぱりしっかりと心をこめたエッセイを、いつか書きたいなと思っています。
夕暮れのしずかな音色も、肌にふれる空気も、風がふくたび思い出すことたちも、すべてふくめて秋が好きだなと思います。
本を大切に読んだり、散歩したり、ゆっくり、ゆっくり、だいじにすごそうと思っています。
みなさまの日々が、どうかおだやかでありますように。