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月姫(同人版)(ゲーム感想2)_手にしたものの代償を考えるシエル/秋葉ルート

『月姫』は2000年にTYPE-MOONから発売されたビジュアルノベルとなり、シナリオ担当は奈須きのこ、原画は武内崇。
前回書いたアルクェイド・ルートの感想はこちら。
以下、旧版のシエル/秋葉ルートについてのネタバレを含む感想などを。

シエル・ルート、死ねない女の選択

シエル・ルートでは、アルクェイドを一度殺してネロ・カオスを倒すくらいまでは、アルクェイド・ルートとほぼ似た物語の展開となる。
シエルは以前にロアとして覚醒しており、その際ロアの魂のみアルクェイドに倒されるも、シエルの魂は死滅しなかったため輪廻転生の輪から外れてしまう。
それによってどんな深い傷をつけられても回復してしまう不老不死の身体となってしまったため、辛い思いを幾度も経験しており「人間として死にたい」と望むようになった。そのためにはロアを滅ぼす必要がある。

シナリオの出来としてはアルクェイド・ルートよりも断然深みがあって良いと思う。
アルクェイド・ルートを先にプレイしていると、『ロアを倒して終わり』と思いきや、志貴の殺人衝動が徐々に抑えられなくなる展開に意外性があって良かった。
殺人衝動は、ロアへのとどめをアルクェイドが刺したことで魂を滅ぼすことが出来ず、ロアの魂がシキから志貴へと移ってしまったからで、徐々に志貴の意識がロアに侵食されることになる。

シエルは最初からロアの転生先が遠野家の長男と知っており、志貴を見張るために同じ学校へ紛れ込んでいたが、志貴との日常を過ごすうちに愛情を持つようになってしまったから、志貴を「殺す」という当初の目的と、志貴への「愛情」の間で葛藤することに。

志貴からしたら信頼しているからこそ、シエルをに助けを求めて呼び出したのだが、シエルはパイルバンカーの形をしたいかつい第七聖典を持って登場して「人の良さは国宝級」と皮肉を言うのだから、志貴の絶望感といったらない。
思えばシエルは、アルクェイド・ルートでも満身創痍の志貴をロアとの決戦の場へ届けてくれたりと、終始一貫して志貴に対して優しいお姉さんのような存在だった。

そのシエルが志貴へ冷たい態度を取るのは、無抵抗な志貴を殺すことへの抵抗があるからこそで、むしろ志貴に憎まれたほうが殺すことにためらいが無くなり、それがシエルにとっての救いになるから。

アルクェイドよりもシエルを優先する、シエル・ルート

いよいよシエルに追い詰められた志貴は死を覚悟して受け入れるが、シエルからしたら志貴を殺して人間らしく死ぬのと、愛情があるからこそ志貴を殺せないという思いは、簡単に選択できるものではない。
どちらを選択したとしてもそれなりの代償が必要で、人間離れしてしまったシエルからもっとも人間らしさを感じられるシーンだと思う。

最終的にシエルは志貴に根負けして生かす方向で決着するのだが、シエル・ルートのエンディングは2種類。
「わたしは貴方が好きみたい」とアルクェイドの助け舟に従うグッドエンドについて特に言うべきことは無いが、従わずにシエルのみを選択したノーマルエンドが印象深い。

このルートではアルクェイドと志貴が争うことになるのだが、ロアがアルクェイドの死徒となって何度も転生したのはアルクェイドへの愛情表現だったことが判明する。
殺されても蘇るというのが狂気で、やり方は歪んではいるものの寿命の異なる相手との時間を永く共有するための手段としてはひとつの答えになっていると思える。

そうしてロアの魂が転生してきた志貴自身もアルクェイドに惹かれていることを認めながら、最終的にシエルひとりを選択するのだが、憎まれ口を叩く志貴に対して「志貴の、そういう所だったなあ」とアルクェイドが笑顔で去っていく様子は切ない。
これによってシエルを選択した決断に重みが出てくるし、自分のものにならないことを悟ってあっさりと身を引くアルクェイドの性格の良さも光る。

この後に志貴はロアだけを殺すか、もしくは自身もロアと一緒に消えるかの賭けをするのだが、突然和服の少年が登場する。
志貴が意識を取り戻せるか否かを自問自答する対象としては唐突に思うが、裏側のルートを進行することで9歳までの七夜志貴と判明し、いずれにせよ志貴は無事シエルのもとへと戻る。

表側の2つルートは、世間知らずなお姫様で明るく突き抜けた性格のアルクェイドに対して、真面目だけど苛烈な生い立ちのせいで陰湿なシエルというのが対照的で、それぞれのルートが物語の背景を補完し合うことでバランスよくまとまっている。

8年待っても報われない秋葉・ルート

裏ルートでの志貴はアルクェイドを殺さない代わりに死徒となった弓塚さつきを殺すことに。そのためアルクェイドの登場はほんの一部を除いて無い。
ロアの影響が薄いシキは見た目も和服姿になり、アルクェイドではなく秋葉に執着するようになる。
また志貴が槙久の実子ではなく遠野家の養子で、9歳までは退魔の家系の七夜の子どもだったことも判明する。

学校からの帰り道、クラスメイトの弓塚から中学の頃から志貴を意識していたと告げられるも、弓塚は夜に街へ出た際に死徒となってしまったため、翌日から学校へ来られなくなる。
初日の帰り道での遠回しな告白であったり、喧嘩を売る相手の選び方であったりと、死亡フラグをガッツリ立てていた弓塚の登場シーンは少ない。
だけれども、本気で志貴を殺そうとしていたのに、最期は感謝しながら安らかに死んでいったり、忙しなく感情が揺れ動く様子は、恋によって感情制御をしづらくなるそれのようで印象深い。

弓塚は志貴の殺人の才能または衝動を見抜いており、このやり取りが後にシキの共融能力によってシキの殺人現場を見させられた際、志貴は自分こそが吸血鬼かもしれないとミスリードさせる展開になっている。

さらにロアが転生する条件に遠野家が合致する点をシエルから教わると、今度は志貴ではなく秋葉こそが吸血鬼かもしれないとなって、なかなか緊張感がある。

志貴は8年前にシキに殺されかけており、秋葉に命を分けて与えてもらったことで生き長らえていた。
そのせいで秋葉は遠野家の血によって正気を保てなくなってきつつあり、遠野家の血に侵食されてしまったら自分を殺してくれと志貴に頼んでいる。

だから2種類ある秋葉ルートでのエンドは、秋葉と志貴が共に歩んでいくようなものではなく、選択肢は「志貴がいなくなって秋葉が元に戻る」か「志貴は生き残るけど秋葉の自我は崩壊したまま」の2つだけ。

秋葉の立場からしたら、志貴のことを好き過ぎて8年待ってやっと呼び戻したのにその結果がこれか、と切なくはあるけども、他ヒロインの境遇も壮絶だったから特別可哀想とは思いづらいという。
いずれにせよ、志貴の生い立ちが深く関わる裏ルートは表の2ルートと比較して暗い印象。

最期の決断は志貴に委ねられており、秋葉からかつて受け取った命をどう扱うのかということになる。
これまでも自己犠牲の精神を発揮してきた志貴のことだから、当然秋葉を殺して自分だけが生き続けるという選択肢は無い。


感想が長くなってしまったので、翡翠/琥珀ルートの感想については続きで。


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