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女と男の観覧車(感想)_今の自分とは違う自分になりたい中年女
『女と男の観覧車』は2018年日本公開のアメリカ映画で、監督はウディ・アレン。
うらぶれた中年女のストーリーは、後味の悪さはあるものの「現実もこんなものだろうな」という、諦めにも似た納得感もあるのは確か。
以下、ネタバレを含む感想などを。
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ここではないどこかに憧れる女
1950年代の夏、もうすぐ40歳になるジニー(ケイト・ウィンスレット)はコニーアイランドでウェイトレスをしており、自分の連れ子のリッキー、それと再婚相手のハンプティーの3人で慎ましく暮らしていたが、こっそりライフガードのミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)と不倫をしている。
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そこへ疎遠だったハンプティーの前妻の娘で若くて美しいキャロライナが帰って来る。そうしてミッキーがジニーとキャロライナ双方へどっちつかずの対応をすることで、男女のドロドロとした関係になっていく。
元は舞台女優だったジニーはかつてドラマーと結婚してリッキーを産んだが、ジニーによる不倫をきっかけにその元夫は睡眠薬の多量摂取で亡くなっている。
そのショックからハンプティーと知り合うことで立ち直れたのに、ミッキーと不倫をして同じ過ちを繰り返している。そんなジニーの態度はリッキーにも悪影響をもたらしており、放火を繰り返すのはジニーによる子どもへの関心の低さが関係していると思われる。
なにしろジニーはミッキーとの駆け落ちを望んでおり、置いてかれるリッキーのことなど微塵も気にしていない。
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舞台衣装によって役を演じる
この作品のハイライトは、キャロライナがギャングに攫われた後、決着を着けるために舞台衣装を着たジニーとミッキーが対峙するシーン。
キャロライナが帰宅しないことを心配したハンプティーは警察へと行ってしまい、家にジニーしかいないタイミングでタイミングでミッキーが家に直接やってくると、ジニーは舞台衣装のドレスに着替えていた。
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なぜ、突然ジニーは着替えたのか。邪魔なキャロライナを排除したことで、いよいよミッキーと逃げるために美しく着飾ったのかとも考えたが、ミッキーの訪問は予測していなかったはずだからそれは無いだろう。
だからこれはかつて自分の職業だった役者になることで他者に成り切る、言ってみれば現実逃避だったのではないだろうか。
つまり、キャロライナをギャングから逃すことが出来たのにそれをしなかった罪悪感と、狼狽えて酒を飲む夫という現実に耐えられなくなったからのように思う。
ミッキーがやってきたのをこれ幸いと、ジニーは勝ち誇ったような態度で長々と語り始める。何しろ衣装を着たら女優なのだからキャロライナを陥れたことを隠して演技をする様子は堂に入ってる。
真実を暴かれて包丁を自分に向けて刺すように脅すのも、役に入り切っていて、いかにも舞台演劇のようだ。
しかし、よりを戻しにきたわけではないのに、勝手に勘違いしてベラベラと許してあげると言っていたり、そもそもキャロライナの代替に甘んじてでも、現状から抜け出すためにミッキーを利用しようとするジニーの浅ましさは、見た目の美しさとは反対に醜悪だ。それにたとえミッキーと駆け落ちしていたとしても、ジニーの性格からしてどうせ長続きしないだろう。
ミッキーはそんなジニーを糾弾するも、不倫して二人の女を天秤にかけていた張本人なのだから「オマエが言うな」というのが正直な感想だが。
それでもジニーに共感してしまう
年齢の割に美しいとはいえ40歳を目前にした女が、自身の子供を捨ててまで歳の離れた若い男と駆け落ちを目論むジニーは見苦しい。
だけれどもその身勝手さは程度の差こそあれ、我が身を振り返った時に「ここではない何処かへ」行きたい願望など、共感してできてしまう部分もあるのは確か。
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ミッキーとキャロライナの関係が親密になりそうだったら、それぞれにネガティブなことを伝えて、二人が親密にならないようにと、もう必死だ。
対してキャロライナはイタリアンレストランでジニーと不倫関係にあると言う告白を聞くと、ジニーを気にかけてミッキーの告白に即答せず、むしろジニーが傷つくことを心配している様子だ。
ジニーがキャロライナを救わなかっただけに、ジニーの身勝手さだけが際立つ。
結果は現状維持よりも酷いものだが、ひと夏の短い期間だけジニーは明るい未来を夢見ることができた。
そんな物語を、ほんの数分いい景色を見られるけど一周したら現実が待っているという観覧車に喩えているのが寓話的。
先の見えない不幸な人たちの物語は後味の悪いものだが、現実はこんなものだと思うと共感できるところもあるし、ケイト・ウィンスレット演じるジニーによる人生にくたびれた姿には、共感できるところもあって何とも言えない魅力がある。
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この作品は観覧車やメリーゴーランドなどの施設のキラキラした色が美しく楽しい。
また、ライティングも特徴的でジニーがポジティブな時は画面全体が明るい赤に覆われて、暗い話題の時は青くなったりする。
家族と過ごす時間は色彩が薄まって灰色になったりと、色の変化が少しやり過ぎな気もするが、物語がより寓話的に見える効果はあると思う。