月姫(同人版)(ゲーム感想3)_復讐後の告白について、翡翠/琥珀ルート
『月姫』は2000年にTYPE-MOONから発売されたビジュアルノベルとなり、シナリオ担当は奈須きのこ、原画は武内崇。
前回書いたシエル/秋葉・ルートの感想はこちら。
以下、旧版の翡翠/琥珀ルートについてのネタバレを含む感想などを。
槙久の悍ましさが際立つ翡翠・ルート
翡翠・ルートでは、翡翠が主役なのに物語後半の盛り上がる場面を琥珀の告白に持って行かれるのと、他ヒロインが不幸自慢のチキンレースをしているせいか翡翠への印象が薄いというか、翡翠に対する感情移入がしづらい。
志貴の過去は、作品全体を通して各ルートを進行することで小出しにされるが、翡翠ルートでようやくほぼ出揃う。
時系列に整理すると以下のとおりだが、遠野家の長男だった”シキ”と、七夜家から遠野家の養子になった”志貴”の響きが同じでややこしい。
家族を殺されて遠野家の養子となった7歳頃の志貴は、一族を皆殺しにされたせいか人間不信に陥っており、引き籠もりがちだったのを連れ出してくれたのが翡翠だった。
その後、秋葉やシキと外で遊ぶようになるも、シキに殺されかけて有間の家に預けられる際、双子の女の子のひとりから白いリボンを「貸してあげる」と言われて受け取るのだが、それが志貴にとって救いになった。
しかし遠野家へ戻ると双子の性格が入れ替わっていたため、志貴はリボンを受け取った本当の相手になかなか気付けない。
幽閉されていたシキは、琥珀にそそのかされて人を襲うようになり、共融能力があったことで志貴と意識を共有するため、志貴はやがて人を襲っているのが自分ではと疑心暗鬼になり、やがて身体の自由が効かなくなっていく。(このくだりが長いため、進行がややダレる。)
そんな状況で秋葉が「私が兄を殺します」と言うのを、自分のことだと勘違いした志貴は自分の部屋に籠もってしまうが、その心を解きほぐしてくれたのはまたしても翡翠だった。
志貴は槙久の書き残した資料を読み、ようやくシキのことを思い出すのだが、琥珀を7歳から凌辱し続けていた槙久の異常性が際立つ。
タスケテと書き綴られたノートを破棄せずにわざわざ自身の引き出しにとっておくのも理解の範疇を超えていて怖い。
琥珀に仕組まれていたことが判明する翡翠・ルート
これまでの経緯を知った志貴はシキを殺すために学校へ向かうも、秋葉が琥珀をかばってシキに殺されてしまうが、秋葉は死の間際でようやく志貴が血の繋がった兄でないことを告白する。
秋葉が琥珀を庇ったのは、琥珀を凌辱していたことを知ってから槙久を軽蔑していたからで、遠野家の当主としての立場や実の父の過ちに対しての償いの気持ちがあったからと思われる。
しかも琥珀が自身の血を吸わせることで秋葉が正気でいられなくなるように仕向けていることを理解したうえでの咄嗟の行動であるため、秋葉の信念の強さが伝わってくる。
シキは志貴によって殺されるのだが、シキが死に際に「聞いていた外見と、全然違う」と言っていたことで、志貴は裏で糸を引いていた人物に気付き、琥珀を呼び出す。
琥珀が遠野家を陥れるためにしていたことは主に以下4つ。
琥珀は幼い頃から槙久に監禁・凌辱されるのに耐えるため、人形のように感情を押し殺すようになったが、自衛のため意図的に感情を無くしていたともいえる。
そんな境遇にあって、屋敷を去る志貴へリボンを渡したのは「いつか自分を救い出して欲しい」という希望を志貴へ託したからかもしれず、だとすると感情を無くした琥珀による数少ない感情の発露だったと思われる。
遠野家の人間を陥れた理由を復讐かと問われた琥珀は「あ、たぶんそれです。」と、どこか他人事というかノリが軽い。
それは感情を押し殺して生きていたから、原因となった槙久が死んだところで生き甲斐や目的なんてものは湧かなくて、他にすることも無いから消去法で復讐をしていたくらいの感情から来るからだろう。
だから復讐を終えた琥珀は、いよいよやることが無くなってしまい、刃物で自死することを選択したのだが、自身を庇って死んだ秋葉への償いの感情もあったのだと思う。
あと、ほとんど触れられないがシキをけしかけて一般人を襲わせたのも完全にNGだ。
作品中もっとも印象深い翡翠・ルートのエンド
翠・ルートのエンディングは「琥珀が自害する」ノーマル・エンドと、「琥珀が自害に失敗」して記憶を失うグッドエンドの2つ。
個人的には「琥珀が自害する」ノーマル・エンドが作品中すべてのエンディングの中で最も印象深い。
記憶を失うグッドエンドは、槙久に凌辱された過去を琥珀に忘れて欲しいからこそだと思うのだけど、琥珀の罪は消えないし周囲の人間が覚えている以上”無かったこと”にはならないから正直どうなのかと思う。
ノーマル・エンドでは死の間際、琥珀は志貴が白いリボンを返すべき相手に気付けるか否かの賭けをしていたと漏らす。
それを聞いた志貴も「最後になって俺に責任を押し付けようと言うのか」と、双子で入れ替わっておきながらどの口が言うのか?と、まさしくその通りだと思うが、命の尽きる直前にわざわざこんなことを言った真意は何だったのか。
恐らく朴念仁で鈍い志貴に対して、自分の恋愛感情に気付かないことへの嫌味でもあり、どこかで復讐を止めて欲しいという気持ちも混ざっていたのだと思う。
つまり志貴へ責任を押し付けようとしたのではなくて、「志貴を好きだった」と素直に言えずに遠回しな嫌味になっているのは、素直になり切れない琥珀による精一杯の文句ともいえる。
いずれにせよ、月姫の裏ルートでは個人的に一番印象的なシーンだった。
この後に志貴と翡翠が二人で生きていくことが仄めかされるが、翡翠・ルートなのに、物語の盛り上がるところを琥珀に持っていかれるため、翡翠に対する印象が薄くなっている。
印象の薄い琥珀・ルート
翡翠・ルートをクリア後でないと琥珀・ルートへ分岐しないため、志貴の見る殺人鬼の夢がシキの共融能力によるものと理解したうえで進行する。
しかしシキが秋葉によって早々に殺されたのに、吸血事件が絶えないため今度こそ志貴の仕業かと思いきや、まさかの秋葉の仕業だったというオチ。
それによって秋葉と志貴が対峙することになるのだが、戦闘中に秋葉に殺されたハズの琥珀が”手加減されていたから実は死んでいない”という展開には腰砕けだった。
あらかたの謎は他ルートで出尽くしているため、琥珀・ルートでの新たな発見はほぼなく、琥珀・ルートで特に印象に残っているシーンは少ない。
ラストは七夜の家があった場所で琥珀が待つエンドとなるが、志貴が出自にこだわる前フリは無かったと思われ、なぜ今さら七夜の家にこだわったのかは不明。そのため琥珀が咲き誇るひまわりの前で笑顔で待ち受けるのには唐突な印象がある。
個人的には翡翠・ルートでの遠野家への復讐を成し遂げた琥珀が自害する終わり方が最もしっくりくる。
本作の魅力はよく練られた作品内の設定と、徐々に謎が展開される構成にあると思っている。
たいていの美少女ゲームは共通ルートでダレるけど、表/裏のルートで別のゲームと言っていいほど内容が異なっているおかげで長く楽しめる。
リメイク版では絵が格段にキレイになって、キャラ絵もそうだが背景も色がついてより具体的になった。
しかしそれによって、プレイヤーが想像で補完する余地が減ってしまったのも事実。
色数の少ない背景画像にテキストがのることで、陰惨でどこか淫靡な雰囲気が旧版の方が漂っていたと思う。
だからビジュアルノベルとしての完成度はリメイク版よりも高いのではとも思う。
あとは些末なことかもしれないが、リメイク版では場面切り替えで背景画像の切り替えエフェクトに時間のかかるのがプレイしていてストレスだった。
私のように気の短い性格だと、繰り返される画面切り替え時の待ち時間ですら絶えられない。