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ザ・ロイヤル・テネンバウムズ(感想)_ろくでなしの父と家族再生
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』は2002年日本公開の映画で、監督・脚本はウェス・アンダーソン。つくりこまれた映像とこだわりの強いセットやファッションが特徴的で、少しだけ切ない気持ちにさせてくれる家族再生の物語。
以下、ネタバレを含む感想を。
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家族を再生する物語
法律家のロイヤル・テネンバウム(ジーン・ハックマン)は35歳でNYに大邸宅を購入。その後3人の子に恵まれるも自らの不誠実さが原因で妻と別居することになった。
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妻エセルは教育熱心で子どもたちはそれぞれ才能に恵まれていた。長男のチャスは10代で不動産を購入し国際金融に神がかり的な理解を示し、2歳で養女になったマーゴは劇作家として才覚をあらわし、次男のリッチーは17歳でテニス・プロナショナル大会を3連覇する。そうしてエセルは『Family of Geniuses(天才一家)』という本まで書いている。
しかし、夫婦・家族による裏切りと災難によって一家は落ちぶれていくことになり、最大の要因は一家の家長たるロイヤルにあると家族は確信している。
そんなロイヤルが破産し、22年住んでいたホテルを追い出されたことをきっかけに音信不通だった家族を頼ることになり、それぞれの生活を送っていた子どもたちも同じタイミングで家に帰ってくることになる。
さらにロイヤル一家に憧れている昔馴染みのイーライと、エセルに求婚している会計士のヘンリー、マーゴの夫ラレイも加わって人々の関係性が修復されていく過程で、家族のあり方が問われる物語となっている。
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不誠実でろくでなしな父
本作は家族再生の物語となっているがその中心にいる、自分勝手だが憎めないロイヤルの魅力について考えてみる。
ロイヤルの年齢は60代後半だが、ダブルのスーツにピンクのシャツを着こなして身なりにこだわりを感じさせるが、同時にいかにも浮気をしそうなおじさまの印象もある。
性格は独善的なところがあって本音を隠さない。子どもが相手であってもハッキリと物事を言うからマーゴは傷付くし、遊び方も自分さえ楽しければ良いと思っているから、味方チームのチャスにBB弾を撃ち込むような理不尽さもある。それでも素直な性格がゆえに可愛がられたリッチーだけはロイヤルに懐いているわけだが、とにかくロイヤルは周囲の人間をかき回す。
だから家族にとっての不幸の要因にはロイヤルによるものが大きいと考えられていた。
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ロイヤルは自らの不誠実な行動が原因で家族との関係を絶っていたが、余命が短いと偽って家族との関係をやり直そうとする。
ヘンリーに胃癌が嘘であることを指摘されて立ち去る前の言葉には、渇望していた家族愛への本音が詰まっていた。
「この件は私が悪いがこの6日は 我が人生で最高の6日だった」
今の言葉が真実だとロイヤルは気づいた
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ホテルのスイートで気ままに暮らすよりも、家族と暮らす日々に遥かに充実感を感じていたことに気付いたからこその本音だが、家に戻ろうと考えた当初はそこまで考えていなかったのだろう。
家族が離れて行ったのは自らの行いが原因で、長年失い続っていたことの大きさに気付く。
だからこそ家を追い出されたらあっさりエセルに離婚届を持ってきたり、子どもたちの相談に乗ったりと、利己的だった態度を改めて「家族にしてあげられることは何か」と考えられるように変わった。
ヘンリーとの再婚を妨害しようとしていたのにあっさりと態度を覆したり、ロクに気にしていなかったマーゴへ歩み寄ったり、と複雑で混沌としているようでいて、自分の気持ちに正直なところがロイヤルの魅力だと思う。
曖昧な関係のまま終わるマーゴとチャーリー
本作では様々な人物にスポットが当てられてあちこちにエピソードが寄り道するのが特徴的だが、もやもやしたまま終えるマーゴとチャーリーの関係が特に気になるところ。
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お互いに好意を持っていたことを知ってから見直すと、船の旅からチャーリーが帰ってくるのを、マーゴが埠頭へ迎えに来るシーンには胸が締め付けられる。
マーゴの表情ほとんど無表情で、アイメイクが特徴的なこともあっていつもアンニュイ。そんなまったくと言っていいほど笑わないマーゴが、慈愛に満ちた表情でバスから降りて来るのだが、その様子を愛おしそうに眺めるリッチーの様子も素敵だった。
BGMにNico「These Days」が流れるのは、お互いに秘められていた恋心が込められていると思われる。
チャーリーの自殺未遂後、お互いの気持ちを確かめ合ったのにマーゴは「秘めた関係でいよう」と立ち去る。しかし諦めきれないリッチーはロイヤルへ相談したりもするがその後どうなったのかは投げっぱなしで物語は終える。
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お互いの気持ちを確かめ合ったのに、マーゴはなぜ関係を秘めたままにしたのか。理由は語られないし表情に変化が無いから想像するしかない。
マーゴは強烈な孤独を抱えており、成長できない少女のまま大人になったところがある。心の隙間を埋めるために幾人もの男たちと関係を持ったが孤独は打ち消せない。だから”リッチーと結ばれてもその孤独感が変わらなかったら”と恐れているのか、もしくは満たされることでその先に求めるものが無くなるのを恐れているのかもしれない。
その後の家族の関係
イーライが車でテネンバウムズ家の邸宅に突っ込んだ後の長回しのシーンも良かった。ラレイは怪我をした神父の心配をし、イーライは職質を受けているが警官がイーライのファンだった。ロイヤルはチャスと和解して、アリとウージは轢かれた犬から離れず、エセルはそれを気にかける。
混沌としていてチグハグだった家族がやっと収まったことが印象付けれられるシーンとなっている。
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このシーンにマーゴのみが不在なのはマーゴの抱える孤独を強調するために入れなかったのかもしれない。
しかし、直後のシーンでチャーリーを屋上で待っていたことが示唆され、隠していた煙草を分け合うあたりにマーゴからの歩み寄りの変化も見える。
本作は再婚するエセル、そして災難によって燻っている3人の兄弟を含めた家族再生の過程が描かれる。
新たに家族となるヘンリー、昔馴染みのイーライも含めて辛いときに誰かが一緒にいてくれることで、家族とは何かということを考えさせる物語となっている。
感情を吐露しながら、それに伴わない奇妙な行動を取ったりする人たちだけれども家族だからお互いを必要とするし、時間を掛けて過ちさえも許してもくれた。
ロイヤルの墓には「沈む軍艦から家族を救い非業の死を遂げた」と彫られており、気付いた神父の眉をひそめる表情も笑いどころ。
これ軍艦というのは嘘だけれども、バラバラに散らばっていた家族を再生させたという意味ではあながち間違っておらず、僅かな真実を含んでいるのがいかにもロイヤルらしい。
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物語と直接関係無いのだが、イーライの住む家で壁に掛けられた絵画のインパクトが強くて、このシーンでのセリフは最初頭に入って来なくなるほどだった。
Miguel Calderónというメキシコ生まれの画家による作品で、4人のバイカーに暴行されている絵はATACK(1998)で、5人が上半身裸でバイクに乗っている方は”ROUTE(1998)”とタイトルが付いているとのこと。
どちらも全く意味不明だけれども、なんともいえないおかしみのある印象的な絵画だった。
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サントラの選曲もとても良くて、先述したNico「These Days」もそうだけど、元DEVOのMark Mothersbaughによるオリジナル曲も素敵なのだが、マーゴの男遍歴が語られるシーンのRmones「Judy Is A Punk」もやたら元気があって良かったし、冒頭「Hey Jude」のインストカバーには雰囲気があった。
自殺をするほど落ち込んだリッチーのシーンでかかるElliott Smith「Needle In The Hay」も危うくて切ない。
選曲、曲順ともに素晴らしいのだが、Spotifyにこのサントラが無いのは残念なところ。