目覚め(3)
邪屋が訪れたその日は、六月二十日だった。梅雨入りから一週間ほどたち、その日もラボに残された小森の心と同様、柳都は雨模様だった。
小森はもともと、ロボット工学分野において若くして権威と呼べるほど優秀な研究者であった。彼の興味は自律思考、行動できる人型ロボットの開発にあり、もっぱら研究もその方面に向けて進んでいた。柳都大学において研究を行う傍ら教鞭をとっていた彼の人生は、自分のやりたいことを仕事とし、愛する息子の真悟、妻である美知佳との三人暮らし。まさに順風満帆であった。
ところが、そんな生活はあっさりと終わりを告げた。十五年前、当時小学三年生だった真悟が、下校の途中に誘拐されたのである。
捜索願が出たその日から三日後、真悟は、通う小学校から数百メートル離れた海辺の雑木林の中で、変わり果てた姿で発見された。彼の遺体に残っていた激しい暴行の痕は、連悟も未知佳も葬儀が済み遺骨となるまで、彼のことを正視することができないほどの有様であった。
警察はこの事件を柳都の児童連続誘拐事件のうちの一つとして捜査を開始した。柳都に大きい児童誘拐グループが存在していることは警察も把握していたが、実行犯はおろか、その構成員を見つけることもできなかった。小森は業を煮やして複数の探偵にも依頼したが、彼らもやはり、めぼしい手掛かりを見つけることはできなかった。
そうしている間に二年の月日が過ぎ、妻の未知佳が病に倒れた。息子を亡くした衝撃ですっかり弱っていた未知佳の容体はあっという間に悪化し、倒れた五日後に息を引き取った。
小森も、当然ながら平穏無事というわけにはいかなかった。息子に次いで妻をもなくした連悟は、大学で講義を行うこともままならないほどに精神を病み、自ら大学教員の職を辞した。それから数年、小森は病と闘いながら、何もすることができないまま時を過ごしていたが、一向に病はよくなる気配がなかった。
ある時、小森は担当のカウンセラーから、職を辞することでやめたロボットに関係することを何かやってみてはどうか、と助言を受けた。何もできていないのなら、好きなことからでもチャレンジしてみたらいいということらしい。
小森は、幸せだった日々とともにあったロボットにかかわることを恐れていたものの、実際に始めてみると、病状が劇的に改善しはじめた。それからというもの、彼は多額の借金を行いながら、かえって病的であるとさえ思えるほどにロボットの開発に熱中した。