【禍話リライト】踊り場こっくりさん【怖い話】
こっくりさんのブームがとうに過ぎた頃に学生時代を過ごした、とある女性の話。
彼女が入学した高校の生徒手帳。その最後のほうのページにある校則の欄には、「こっくりさん禁止」という文言があった。古臭く感じるそのルールに彼女も首をかしげたが、校則を作ったころから変えておらず、もはや無意味となった今も記されているのだろうと考え、いったんは納得した。
ところが、時代によって移り変わる流行などに沿うように、スカートの丈などに関する校則などは変わっていたのだという。
「だったらなんでこの校則はまだ残っているんだろう。今時こっくりさんをする人なんてほぼいないだろうから削除してしまえばいいのに」
当然彼女もそう考え、この校則について一度先生に尋ねてみたそうだ。
すると先生も「そうだよねえ……」と不思議そうに答える。その様子にさらに疑問を抱いて、昔何かあったのかと聞いても、返事は「特に聞いたことはない」。謎は深まるばかりだった。
そこで年配の先生にも聞いてみた。その先生の言うところによれば、
「人死にが出たとかじゃないんだけどなんかトラブルがあって、それだけは残しておこうって、PTAかなんかから言われて残してるんだって聞いたことあるよ」
結局、何かのトラブルがあったらしいということが、長老のようなその先生から聞けただけで、詳しい理由は分からなかった。
ある年の夏休みの前のこと。当時帰宅部であった彼女は、いつもの通り家に帰った直後に宿題を学校に忘れたことに気づいた。朝学校でやっても間に合うくらいの簡単なものだったが、彼女は真面目で、気になったらすぐ聞いてみるという行動力の塊のような人だったので、即断即決で学校にとりに戻った。
学校に戻ると、わずかにグラウンドで生徒が部活してるくらいで、昇降口も含めほぼ電気が消えているという状況だった。
ほんのり怖い気持ちはあったそうだ。とはいっても勝手知ったる自分の学校だし、電気をつければいい。ところがその学校の廊下の電気は一つのスイッチですごく広い範囲が点灯するタイプで、自分一人のために電気をつけることに良心が咎め、結局彼女は電気をつけずに校舎に入った。
中に入ると、やはり誰もいない。静まり返った校舎に彼女の上履きの音だけが響く。校舎に入るときよりもやや恐怖心が強くなってきていた。階段を上って踊り場、階段上って踊り場。そうして彼女は自分の教室がある三階まで登って行った。
夏の夕暮れは早いとは言えまだ校舎はうっすら明るく、三階でも電気をつけなかった。場所もわかる。夕闇に目を凝らしつつ、急いで自分の机からプリントを取って、帰ろうと踵を返す。すると、ほんの一瞬のことであったはずなのに、先ほどよりも明らかに暗くなっている。視界がかすむような薄暗さに彼女は一種の異様さを身に覚えたという。
不気味さを胸に抱えたまま教室を出て、階段に向かった彼女は戦慄した。踊り場に何人かうずくまっている。上りのときは間違いなくいなかった。自分しかおらず、足音が響いていたくらいであったこの校舎で、いったい誰が彼女に気づかれずに踊り場にたどり着けるというのだろうか。
え?え?なに、何?
と彼女は立ちすくみながら、その集団を凝視していた。ふたりはこちらに背を向けて、もう二人はうつむき加減にこっちを向いて座っている。そうしているうちに四人組が小声で何かを言っていることに気が付いた。
「こっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさん……」
え、なに?こっくりさんしてんの?踊り場でこっくりさんしてんの?
暗くてよく見えないが、確かに紙のようなものを前に何か指を動かしているのはわかったという。それでもその集団は
「こっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさん……」
といい続けるのみ。明らかにおかしい。教室の机の上でやればいいのだから、そこでこっくりさんをしていること自体も当然おかしい。しかしそれだけではない。「こっくりさん、こっくりさん。いらっしゃいましたらおいでください」というこっくりさんの始め方はその方面に造詣が深いわけではない彼女でも知っていたし、もし来ていたのだとしたら、何かしらの質問を行うはずで、「こっくりさん」という語を息継ぎもせずに言い続ける必要のある場面などないのである。
それでも、その四人は口をそろえて、
「こっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさん……」。
当然、この階段を下りたら何が起こるか知れたものではない。彼女も別の階段から降りることを考えた。しかし、凝視している間に教室を出たときよりも更に夜の帳は降りていて、廊下も真っ暗という状況で、しり込みしてしまったそうだ。そのうえ、多少の暗闇を物ともしなかった彼女でさえも異様な状況にのまれたのか、
「別の階段に行って、そこにも今こっくりさんしてる人たちがいたらどうしよう」
という考えが芽生えて、なおのことその場を動けなくなってしまった。
そうして動けないまま時間は過ぎて、どんどん外も校舎も暗くなっていく。彼らの手元にあるだろう紙も見えるのかというくらいに。それでも、やはり四人は、
「こっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさん……」
といい続けている。
足はその場にくぎ付けになったかのようで、脂汗が額に流れるのを感じることしかできない。
それでも痺れを切らして、
なにこれ、いつ終わるの?っていうかこっくりさんなら質問しなさいよ!
と彼女が思った、その瞬間。
「こっくりさんこっくりさんこっくりさんこっくりさんは、忘れ物を取りに来たんですか?」
それまで見向きもしなかった四人が急に振り向いてじーっと自分を見てるのを感じた。それが失神前の最後の記憶だという。
気が付いたとき、彼女は学校の近くのコンビニの店内に上履きを履いたままぼーっと立っていた。店員さんが「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」って呼びかけてくれているので意識を取り戻したという。
店内に入ってからアイスの冷凍庫の前で立ったままで何も買わないうえに、よく見れば上履きを履いて目の焦点が合っていなかった彼女を心配して、ずっと声をかけてくれていたそうだ。いわゆる一時的な心神喪失状態に陥っていたのだろう。
彼女はこの話をこう締めくくった。
「そりゃこっくりさん禁止になるでしょ。あんなことが起きるんだったら……」
(出典)禍話 第一夜(1)
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