紫の憂鬱
さて、こちらは池袋でバスを降りたスレ美である。6月中旬ということもあって、雨は止んでいたものの、夜空には暗雲が垂れ込め、水たまりには稲光が反射していた。
「……例の『喫茶店』、だっけか」
そうつぶやくとスレ美は、歩き出した。
十分も歩いたころだろうか。もう目的地の『喫茶店』が目前というところで、スレ美は急に飛びのいた。
「……なに?アンタ」
「まさか気づかれるとは……まあいい、ミス・パープルだな」
路地裏へと続く小道。そこから黒い影が静かに立ち現れた。
「そうだけど、まずアタシの質問に答えなさいよ」
「そんなこと、明晰なる推理で聞くまでもなくわかっているのでは?ミス・パープル」
「……そういうことね。東京の組織に送り込まれた̻̻刺客ってわけ?」
「おおむね正しいが少し違う。つまり……俺は刺客ではなく使者だ。」
男は暗がりから姿を現した。黒いスーツに、翁の面。
「……というと?」
「……我らが首魁は、柳都と手を組みたいと仰せだ」
「そ。じゃあ、教授にはそう伝えておくわ」
そういうと、パープルは再び歩き始めた。
「まだ話の途中だ。どこへ行くつもりだ」
「あら、用件はまだ済んでいなかったの。悪いわね、アタシ、人待たせてるのよ。失礼するわ」
「そうか、それは失礼した。だが、恐らくその待ち合わせ場所にそいつは現れないだろうな」
パープルの足がぴたりと止まる。
「……何をしたの」
「何も。ただ、われわれのところにいてもらっているだけだ」
「無事なのね」
「無論」
「要求は」
「さっき言った通り」
「わかったわ。確かに伝える……彼女の解放は?」
「条件が成就した時だ」
「……汚いわね」
「我々も同盟希望の相手にこのような手を使いたくはなかった。しかし、いかんせんこちらの状況が切羽詰まっているのでね。……それでは失礼する」
そういうと翁面の男は再び闇に溶けるようにして去った。
「……絶対に許さない」
雨が、再び降りだした。