水滴、月を穿つ
花が咲くように、わたしは月を蝕む癌になった。永らく月の中で蕾のまま眠っていた「桜」。目覚めた時にはすべて終わっていたけれど、「私」と同じくらい、その記憶は私にとってもかけがえのないものだった。
その時から、あまたのエラーがわたしの体を苛んでいる。バグが、わたしの内側を食い破ろうとしている。はじめは激しく痛んだけれど、今ではもう、気にならなくなった。
きっとあの痛みは、月の悲鳴でもあったのだろう。しかし、そんなものはわたしにとっては、雑踏の中の人の話し声にも満たないものなのだ。先輩の運命を変えるためなら、わたしがわたしでなくなってもよかった。
あなたがわたしに語りかけた。あなたがわたしに微笑んだ。あなたがわたしに心をくれた。
わたしの全部は先輩にもらったものだ。だったら。
その全てをかけて、あなたの存在に報いたって、いいでしょう。それが、月における上級AI、間桐桜の最期の結論だったのです。
そしてようやく、つながる。あの聖杯に手が届く。わたしのこころが、月を穿つ。
―――恋って偉大だ。
……でも、わたしは、なんのために戦っていたのでしょう。……あア、セン輩。叶ウのナラば、ここニ来ナイデ……。