柳都日報屋上の決闘
柳都が誇る雪朱鷺商会。その自動車産業部門が開発したヘルメットとプロテクター、「ユキドキ セーフティパワー」は高い安全性が売りである。
本来この商品は、車と比べ、運転手を守る壁がないオートバイ愛好者に向けたもので、柔軟性を維持しつつ、衝撃に対し即座に外部は硬化、内部はクッション性を発揮するという新素材を用いて製作されている。また、オートバイは重量があるため、取り回しにもある程度の力が必要だ。そうした筋力を補い、筋力があまりない人でもオートバイライフを楽しめるように全身に筋力アシスト機構が備わっているのである。今、屋上で決闘している連続殺人鬼と探偵が着用しているのがまさにその「ユキドキ セーフティパワー」なのだ。
雲居探偵の鋭い右拳が、殺人芸術家のみぞおちを穿つ。それを片手で受け止め、身をひるがえした猟奇犯は、その反動を生かして雲居探偵の頭をめがけて強烈な飛び蹴りを放った。
「……鹿内、そのスーツ、やっぱり改造してるな」
「仕事の上でそれが好都合なんでね」
「なるほど、今までの連中はこの蹴りで意識を飛ばされてたってわけか」
大きくのけぞって回避した雲居は、着地し無防備な鹿内の背中に対し、追い打ちの拳を刺す。鹿内はその拳を後ろ回し蹴りで払った。
「……雲居君のその拳も、変わってるねえ……それ、筋力だけじゃないでしょ」
「さすがは元名探偵だな」
現名探偵はそう言って苦笑しつつ拳を叩いて見せる。
「本来は、探偵の仕事にここまで改造したスーツを用意する必要はない。……これは俺の最初で最後の、殺しの仕事だからな」
そういうが早いか、白い残像となった雲居の拳が鹿内の脇腹にめり込んでいた。
「晴れ舞台には、相応の装いでってことよ」
「ユキドキ セーフティパワー」は、非公式ながらカスタムパーツが出回っている。彼らは二人とも、今日の戦いに備え、自らのプロテクトスーツとヘルメットに万全の装備を施していた。
柳都の月は煌々と輝き、ふたつの影を映し出している。
一つは、うずくまる猟奇犯のもの。
一つは、その目前に立つ白い探偵のもの。
「…………なかなか、いいのをもらってしまったね。……僕が君に先に一本取られるのは、これで何度目かな」
「これが初めてだ。腕が鈍ったか?」
「そうかもしれない、な」
といいながら鹿内は素早く足払いをかける。とっさに回避した雲居がバランスを崩したところに、鹿内がその胸に激しく頭突きを食らわせた。金属が砕けるような音が柳都の夜空にこだまする。
「……胸部装甲が砕かれたか」
「一本とれたくらいで油断しちゃいけないって、いつも大会で言っていたのを忘れたのかい」
黒い蛇の様に細長い鹿内の影が、しりもちをつく形で吹き飛ばされた雲居に覆いかぶさるようににじり寄る。
「……ましてやこれは実戦なんだよ」
そういうと、鹿内は再び胸に狙いを定めてかかとを振り下ろした。